実務者のための知財法務
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商標出願では、1区分の中に含まれる類似群コードが多すぎると、特許庁から「本当にそんなに幅広い商品・役務について使用する意思があるのか」と疑問を持たれ、拒絶理由を通知される場合がある。 そこまで致命的な話では無いものの、実務で同じ状況になることもあると思うので軽く整理しておきたい。 商標における類似群コードとは 類似群コードとは、商品や役務(サービス)の類似関係を分類するために特許庁が付与しているコードのことである。 商標制度では、同じ区分内であっても、すべての商品・役務同士が類似するわけではない。そこで、互いに類似すると考えられる商品・役務をグループ化し、それぞれにコードを付けている。 例えば、 携帯電話機: 11B01 パーソナルコンピュータ :11C01 のように、それぞれ異なる類似群コードが付与される。 審査においては、商標そのものが似ているだけでなく、指定商品・役務の類似性も重要となるため、類似群コードは先行商標との抵触を調べる際の重要な目安として利用されている。 ただし、類似群コードが同じであれば必ず類似、異なれば必ず非類似というわけではなく、あくまで審査実務上の判断基準の一つである。 1つの商品に複数の類似群コードが付くことがある 類似群コードの数は、商品や役務の数と一致するわけではなく、単一の商品役務であっても複数の類似群コードが付与されることがある。 例えば、スマートフォンという商品には、11B01(携帯電話機)、11C01(パーソナルコンピュータ)という2つの類似群コードが付されている。 つまり、商品役務を1つしか指定していなくても、類似群コードは複数になることがある。 区分表にない表現を用いると類似群コード数が読みにくい 特許庁が公表している商品・役務名の区分表に掲載されていない独自の表現を使用することも可能である(商標法第6条第1項に基づき、商品・役務の内容及び範囲が明確である必要あり)。 独自表現が適切なものとなっているかは事前に特許庁の意見を伺くことができるのだが(確実性を保証するものではない)、どの類似群コードが付与されるか、またいくつ付与されるかは審査段階にならないと分からない。 このとき、次のような問題が生じることがある。 1区分の類似群コードが23個以上あると使用意思を問われる 1区分内に含まれる類似群コードが23個以上となる場合、審査官は出願商標の使用意思の有無について合理的疑義があるものとして、原則として拒絶理由が通知される。 もっとも、これは「出願人が指定した商品・役務について、実際に使用する予定があるのか」という点を確認するためのものであって、23個以上になったからといって直ちに登録できなくなるわけではない。 拒絶理由を受けた場合 もし拒絶理由通知を受けた場合は、以下のような対応が可能である。 指定商品・役務を削除して類似群コード数を減らす 使用予定を示す簡易な資料を提出する 使用予定を示す資料としては、事業計画書、パンフレット、ホームページ案、商品企画書などが利用される。 そのため、類似群コードが23個以上になったとしても、後から対応できるケースが多い。 ちなみに、出願当初から商標の使用又は使用意思に関する証明書類等を提出しておけば、拒絶理由は通知されないようである。 1つの商品役務だけで類似群コードが23個以上となる場合も 単一の商品役務を指定するだけでも、あっという間に類似群コードが23個以上となる場合もある。 代表例として、 飲食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供 という第35類の役務があり、この役務には、以下の通り実に47もの類似群コードが付されている。 一撃で拒絶理由が通知される数である。 類似群コード 28A01 28A02 28A03 28A04 29A01 29B01 29C01 29D01 30A01 31A01 31A02 31A03 31A04 31A05 31A06 31B01 31C01 31D01 32A01 32B01 32C01 32C02 32D01 32D02 32D03 32D04 32E01 32F01 32F02 32F03 32F04 32F05 32F06 32F07 32F08 32F09 32F10 32F11 32F12 32F13 32F14 32F15 32F16 32F17 33A01 33A03 35K03 もちろん、このようなケースでも、役務自体が明確であり、実際の使用意思が認められれば問題なく登録され得る。 まとめ 商標出願では、1区分内の類似群コード数が23個以上になると、使用意思について拒絶理由が通知される場合がある。 しかし、 23個以上になっただけで直ちに登録できなくなるわけではない 商品・役務を削除することで対応可能 使用予定を示す資料を提出する対応も可能 1つの商品や役務でも複数の類似群コードが付くことがある 役務によっては1つだけで47もの類似群コードが付される例も存在する といった点を踏まえると、類似群コード数が23個を超えること自体を過度に心配する必要はない。 特に、区分表にない独自の記載を用いる場合は、審査段階で想定外の類似群コードが付与される可能性もあるため、「23個を超えないよう厳密に管理する」というよりも、拒絶理由が通知された際に適切に対応するという姿勢で臨む方が実務上は現実的といえる。
新しい商品名やサービス名を検討していると、商標調査の段階で「既に他社が登録していた」というケースはありがちである。 その場合、基本的には別の名称やロゴへ変更するのが安全な対応となる。 もっとも、ブランド戦略上どうしてもその名称を使いたい場面もある。 そのような場合に検討される代表的な選択肢を整理する。 ###何はともあれ、「相手方の使用状況」の調査から どの選択肢を取るにしても、まず必要となるのが、相手方の登録商標の使用状況の確認である。 実際に現在も使用されているのか どの商品・サービスで使用されているのか どの程度市場で認知されているのか グループ会社やライセンシーによる使用はあるか といった調査結果によって、取りうる戦略が大きく変わる。 例えば、相手方が積極的に使用している商標であれば交渉中心となりやすい。 一方、長期間使われていないのであれば、後述する不使用取消審判も視野に入る。 ライセンスを受ける 最もオーソドックスなのが、権利者からライセンスを受ける方法である。 比較的実現可能性が高く、相手方との関係を維持しやすい点がメリットである。 一方、ライセンス料を継続的に支払う必要が生じる。 また、ライセンス契約の条件によっては使用範囲や品質管理などの条件が付く場合がある。 ライセンサーがビジネスに使っていれば、当然自分の商品サービスと混同する使い方はしてもらいたくないだろうし、多少の限定が入るのは致し方ないところである。 さらには、ライセンス契約終了時に名称変更を迫られる可能性もある。 長らく使って、ようやくブランドも育ってきたタイミングでの名称変更はかなり痛い。 というわけで、「とりあえず使いたい」という場面では有力だが、自社ブランドとして長期運用する場合は契約条件を慎重に確認する必要がある。 有名な実例としては、Appleが、インターフォン製造企業であるアイホンから「アイホン」の商標使用許諾を受けているケースがある。 権利を譲渡してもらう 相手方から商標権そのものを譲渡してもらう方法である。 こうすれば、ライセンス条件など気にせず、使用の自由度が非常に高まるわけだが、そもそも相手方が買い取りに応じるのかという問題もある。 商標権者が現在も商品サービス名としてガンガン使っていれば、譲渡はあまり期待できない。 しかも、相手方によっては、こちらの足元を見て譲渡金額を吹っかけてくる可能性もある。 というわけで、先方が商標を殆ど使用しておらず、かつそれなりに素性もしっかりした企業であることが前提となる選択肢かもしれない。 自社でも出願する 次に考えられるのが、自社でも商標権を取得することとなる。 しかし、通常は相手方の先行商標の存在を理由に権利化できないことが予測される。 相手の持っている商標と同一類似と思っているから、ライセンスや買い取りを考えているわけなので、それはそうだろう。 それでも、他社商標とは別に自社出願を登録させる方法として以下2つの方法が考えられる。 コンセント制度の活用 近年、日本でもコンセント制度が導入された。 これは、先行権利者の同意を得た上で、自社も同一・類似商標を登録できる制度である。 相手の同意は必要だが、それがあれば権利化できる・・・と事が進めば良いのだが、残念ながらそうは行かない。 特許庁側で、「これを登録したら、出所混同のおそれあり」と判断されれば、容赦なく拒絶理由が飛んでくる。 よって、先行商標との関係性を見極めた上でこの制度を利用するか判断しなければならない。 アサインバック ややテクニカルな方法として、アサインバック型のスキームもある。 具体的には、以下のようなステップで商標権を獲得する。 一旦自社名義で出願 出願人を相手方に変更 権利化(先行登録商標の権利者と、出願中の商標登録出願の出願人が同じとなるため) 得られた商標権を自分に譲渡してもらう こうすることで、コンセント制度と比べて権利化可能性は上がる。 コンセント制度が導入される前は、よく使われた手法である。 しかし、スキームが複雑であるので手間であるし、登録後の互いの使用形態によっては、結局出所混同の可能性が生じて揉める可能性もある。 よって、登録すればヨシ!ではなく、アサインバック後の運用も考えておかないといけない。 不使用取消審判 相手方が継続して商標を使用していない場合、不使用取消審判を検討できる。 具体的には、継続して3年以上日本国内において権利者が登録商標の使用をしていないという要件となる。 成功すれば障害となる商標を除去でき、その後自社で自由に出願可能となる点は大きいが、相手方と敵対関係になるというリスクも伴う。 また、商標を使っていないと思っていた相手方が使用証拠を提出してくる可能性もあり、その場合は失敗して関係悪化だけが残ることとなる。 そのため、相手方の使用状況の事前調査が非常に重要となる。 まとめ 他社の登録商標が存在していた場合、原則としては名称変更が安全であるが、どうしてもその商標を使用したい場合には、以下のような選択肢が存在する。 手段 メリット デメリット ライセンス - 実現可能性が高め - 相手方との関係を維持しやすい - 継続的なライセンス料の支払いが必要 - ライセンス条件に制約が付く可能性大 - 契約終了時の名称変更リスクあり 権利譲渡 - 自由に使用できるようになる -譲渡を拒まれる可能性大 - 譲渡金が高額となる可能性あり 自社出願(コンセント制度) - 自社でも権利保有できる - 登録されるとは限らない - 出所混同を生じない使い方が必要 自社出願(アサインバック) - 自社でも権利保有できる - コンセント制度よりも権利化可能性大 -手続き面の負担大 -登録されるとは限らない - 出所混同を生じない使い方が必要 不使用取消審判 - 成功すれば、自由に使用・登録できる - 相手方との関係性悪化 - 取消が認められない場合あり もっとも、どの手段を取る場合であっても、最初に重要なのは「相手方が実際にどう使用しているか」の調査である。 使用実態によって、交渉戦略も、法的手段も、大きく変わってくるからである。
契約書には、契約終了のトリガとして「解除」「解約」「満了」という言葉が並んでいる。 どれも「契約が終わる」という点のみに限ればでは同じだが、終了の際の条件やその後に発生する義務が異なるので、その意味するところはきちんと理解しておきたい。 契約の解除とは 契約が有効に成立した後、契約の当事者の一方が解除権を有する場合に相手方に対する意思表示によって契約関係を解消することをいう(民法540条)。 端的に言うと、契約が最初から無かった状態にするということとなる。 最初から契約が無かったことになるため、原則として原状回復義務が生じ、契約関係を解消する時点までにやり取りしたものは返還しなければならない(民法545条1項)。 その際、金銭の返還をする場合には利息を付さなければならない(民法545条2項)。 また、金銭以外の契約の目的物から経済的な利益が生じていた場合も返還しなければならない(民法545条3項)。 契約の解約とは 契約期間の途中から、将来に向かってのみ契約関係を解消することをいう。 解除とは異なり、解約時までの契約関係は有効のままとなる。 したがって、原状回復義務は発生しないが、契約内容によっては違約金が発生することもある点は留意が必要である。 契約の満了とは 定められた契約期間が終わり、当然に契約が終了することである。 契約期間中に解除や解約がなく、契約更新もしなければ契約満了となる。 大抵の契約は満了により終了するわけだが、ここで契約に自動更新条項があると、気付かないうちに更新されてしまうことがあるの点は要注意である。 とはいえ、「逆に知らないうちに契約が終わっていた」、というリスクも起こり得るため、契約内容によって自動更新条項は適宜入れ込むことを検討しておきたい。 存続条項について 残存条項とも呼ばれるが、これは契約終了後も有効とする条項を規定するものである。 秘密保持や損害賠償、知的財産権、合意管轄、準拠法といった条項を適切に残さないと、契約終了後に情報漏えいや責任追及不能などの重大なリスクが発生するため、これらの条項に関しては有効とするわけである。 解除は「契約が最初から無かった状態にする」と説明したが、存続条項については「本契約終了後も、第●条⋯の規定は、引き続きその効力を有するものとする。」という記載が通常であり、たとえ解除であっても存続条項は有効となると解される。 ただし、秘密保持に関しては半永久的に義務を課されると管理コスト等が大きくなってしまうため、例えば契約終了後2〜5年のレンジで有効とするといった内容とすることも多い。
契約書を読んでいると、「保証」「補償」「賠償」と、似たような言葉が頻繁に登場する。 いずれも「責任」や「損失」に関係する言葉だが、意味も役割も明確に異なるので、それぞれをシンプルに整理するとともに、契約書中での例文も載せておく。 保証とは 保証とは、一定の事実や状態が間違いないと請け合い、責任を持つことを意味する。 したがって、保証が事実と異なれば契約違反になる。 開発委託契約等においては、知財保証の条項で用いられることが多い。 知財保証に関して興味があれば、以下の記事を参考にしてみてほしい。 知財保証を受け入れるリスクと実務上の落としどころ 製品売買契約において争点となりやすい条項の一つが「知財保証」である。 知財保証は、第三者の特許権等を侵害しないことを売主が保証するものであ... 例文:乙は、本件業務の遂行及び本件業務の遂行に基づく成果物が、第三者の知的財産権その他の権利を侵害しないことを保証する。 補償とは 補償とは、適法な行為や天災などよって生じた損害に対し、金銭などで補うことを指す。 しかし、実際は適法・違法によらず、「補償」という用語を使っている契約書も多く見かける。 なお、大学との共同研究契約では「不実施補償」(大学と企業が共同で特許取得後、その特許を用いて事業化する企業が、実施しない大学に対して対価(補償金)を支払うこと)といった用語を聞くと思うが、どの大学の共同研究契約書でも「不実施補償」という文言はなく、「実施料」という言葉を用いている。 例文:乙は、本業務に関連して第三者から甲に対して請求がなされた場合であって、当該請求が乙の責に起因するときは、当該請求により甲に生じた損害を補償する。 賠償とは 賠償は、損害を補填するという点では補償と共通するが、不法行為や契約違反など違法な行為に対する損害に対して埋め合わせを行うという点が補償とは異なる。 様々な種類の契約で損害賠償条項が設けられるが、秘密保持違反を理由とした損害賠償請求は困難であることから、一般的に秘密保持契約(NDA)において損害賠償条項が設けられることは稀である。 その辺りの詳細は、以下の記事で述べている通りである。 秘密保持義務違反された場合の現実的な対応 秘密保持契約(NDA)を締結したり、委託契約等で秘密保持条項を設けていたとしても、残念ながら情報漏えいが起きるときは起きる。 筆者も、以前... 例文:乙は、本契約に違反し、又はその責めに帰すべき事由により甲に損害を与えた場合には、甲に対し、当該損害を賠償する責任を負う。
グローバルに特許出願を行う場合、日本で生じた発明を取り扱っているとあまり意識しないところだが、場合によっては「第一国出願義務(外国出願規制)」が発生することがある。 これは各国の安全保障の観点から、自国で生まれた発明について無制限に国外出願することを制限する制度であり、違反した場合には特許無効リスクだけでなく刑事罰が課されることもある。 外国からもリモートで開発業務を行えるようになっている昨今では、発明者の中に、外国居住者が含まれる機会も増えているため、この義務を遵守するよう気を付けておきたい。 第一国出願義務が問題となる典型ケース 以下のような場合、外国出願規制の検討が必要になる。 外国で発明が完成した場合 外国居住の発明者が関与している場合 外国籍の発明者が含まれる場合 基本的な仕組み(各国共通の考え方) 多くの国では、以下のいずれかを満たせば外国出願が可能になる。 まず自国に出願する 一定期間経過しても外国出願禁止の通告を受けない、または明示的な許可を取得する ただし、この「一定期間」は国ごとに異なっており、また自国出願せずに申請して許可を得るパターンも存在する。 違反した場合のリスク 軽く見られがちだが、リスクは重い。 特許が無効化されるだけでなく、国によっては禁固刑・罰金などの刑事罰が発生するため、それなりに注意が必要である。 各国制度の比較一覧 主要国を横断的に整理すると、以下のとおりである。 国 対象発明 外国出願のための条件 米国 国内で行われた発明 - 米国出願から6月経過後に外国出願する(受理官庁をUSPTOとしたPCT出願でもOK) - 特許庁に請願書を提出し、承認を得る 中国 国内で完成した発明 国務院専利行政部門に秘密保持審査請求し、許可を得る ドイツ 国内で完成した発明 - ドイツ出願から4月(例外的に6月)経過後も秘密保持命令なし - 秘密保持命令を受けた後、防衛省に申請し許可を得る フランス 国内で行われた発明またはフランスの事業体による発明 - フランス出願から5月(延長あり)経過後も秘密保持命令なし - 防衛省に申請し許可を得る イギリス 居住者による出願 - イギリス出願から6週間経過後も秘密保持命令なし - 秘密保持命令を受けた後、セキュリティセクションに申請し許可を得る イタリア 居住者による出願 - イタリア出願から90日経過後も秘密保持命令なし - 特許商標庁に申請し、許可を得る スペイン スペイン国内で行われた発明、居住者による出願 スペイン出願後、秘密保持命令なし - 特許商標庁へ申請し許可を得る 韓国 韓国居住者による発明内容が国の防衛に利害関係を有する出願 - 政府の許可を得る マレーシア 居住者による出願 - マレーシア出願から2月経過後も第30A条(マレーシアに損害を及ぼす虞のある情報の公表禁止)に基づく指示を受けていない - 登録官の許可を得る シンガポール 居住者による発明またはシンガポール法人を出願人とする出願 - シンガポール出願から2月経過後も第33条(シンガポールの防衛又は公衆の安全に不利益な情報)に基づく指示を受けていない - 登録官の許可を受ける ベトナム ベトナム人またはベトナム企業に帰属する発明で、かつ国家防衛・安全保障関連発明のうち、国家機密リストに該当する発明 - 国防省または公安省の許可を得る インド 居住者による発明またはインドの出願人 - 外国出願の6週間以上前にインド出願し、かつ秘密保持命令なし - 特許庁に申請し許可を得る 第一国出願義務のある国が複数あった場合は? 複数の第一国出願義務条件が重なった場合、例えば米国で行われた発明であって、かつ発明者の中にインドの居住者がいる場合は、どう扱うべきだろうか? この場合は、両方の国に第一国出願するわけにはいかないので、少なくともどちらかの国で外国出願のための申請を行うこととなる。 上の例であれば、まずはインドに許可申請を出し、許可が得られた後に米国出願を行う(米国であれば、受理官庁をUSPTOとしたPCT出願でも可)ということとなる。 なお、インドで許可申請を出す場合はある程度技術内容を説明する書類を求められるものの、特許明細書までを準備する必要はない。 これが更に3国となった場合は、2国に対して許可申請を出しておき、両方の国から許可が得られた後に残り1国に対して出願すればよい。
実務者なら分かると思うが、USPTOの審査官は、その審査の質にかなりバラツキがあるなと感じる。 人が審査しているので仕方ない面はあるのだが、特許が許可となる確率も大きく異なるし、インタビューの有無などによる許可率の変化の仕方も違いがある。 つまり、あらかじめ審査官の傾向を把握しておけば、例えば以下のような感じでOAの戦略を考えることができるわけである。 許可率が低く、拒絶が厳しい審査官なら・・・ 早期にクレームを絞り込み、無理に争わず着地点を探る 1st OA後すぐに審査官インタビューを設定し、認識のズレを解消する AppealやRCEも視野に入れた中長期戦を前提に動く 許可率が高く、比較的柔軟な審査官なら・・・ 意見書・補正書のみでスムーズな許可を狙う コスト増に繋がるため、インタビューは控える クレームスコープを維持しつつ、最小限の補正で通す インタビュー実施時に許可率が大きく上がる審査官なら・・・ 初期段階から積極的なインタビューを行う ※ただし、以下記事に記載の通り、2026年度より審査ラウンド毎のインタビューは原則1回に限定される USPTO審査変更の影響(審査官インタビューの制限) 米国の審査に影響する話となる。 2026年度のUSPTOによる審査官業務評価計画で、新たな変更が導入されるとのこと。 1案件につき、審査官... そこで、OA対応方針の検討時に審査官の難易度を調べることが重要となるわけだが、この情報を検索できるUSPTO審査官評価サイトをいくつか紹介したい。 無料でも使えるUSPTO審査官評価サイト 2026年4月時点では、以下4つのサイトからUSPTOの審査官の統計データを見ることができる。 PatentsBots このサイトの「Patent Examiner Statistics」というサービスでは、有料登録により審査官個人の様々な過去の審査情報を入手できるが、無料でも以下3つの統計データが得られる。 大体の審査官の難易度を把握するのには丁度良い。 3-Year Grant rate:直近3年間の許可率 Difficulty:難易度 (Extremely Easy, Very Easy, Easier, Medium, Harder, Very Hard, Extremely Hardの7段階) Difficulty Percentile:最も許可を出しやすい審査官からを順に並べた際に、全体の何パーセント目にあたるかを示す「位置」。0〜100の数値で表され、高いほど難関。 Unified Patents 2001年1月1日以降の案件から集計しており、以下の基本情報を入手可能。 Total Apps(総件数) Issued(許可件数) Abandoned(放棄件数) Pending(継続件数) 面白いのは、以下の項目の有無による許可率の比較、そして対象の審査官が所属するArt Unitの平均許可率値との比較ができる点である。 例えば、審査官インタビューがあると許可率が大きく上がる審査官であれば、「じゃあ多少費用がかかっても現地代理人にインタビューをお願いしてみようかな」と判断をすることも考えられる。 Final Rejection 審査官インタビュー Appeal RCE Big Patent Data 直近3年間のデータを対象に以下の情報を入手可能。 しかし、PatentsBotsより扱っている件数が少ない。 blogは2022年4月を最後に更新されておらず、最近のデータは集計していない可能性が高い。 Allowance Rate:許可率 Actions per Allowance:許可までに要する平均OA回数 Actions per Abandonment:放棄までに費やす平均OA回数 Months to 1st Action:1st OAまでの平均月数 Months to 1st Allowance:許可までに要する平均月数 Smartpat こちらでも審査官データを閲覧できるものの、2020年8月を最後にデータがアップデートされていない。 おすすめの無料サイトは? 4つの無料サイトを紹介したが、最近の統計データも集計しているのは「PatentsBots」と「Unified Patents」の2つである。 基本的には、例えば以下のような用途に応じて両者を使い分けると良いと思う。 ざっくりした難易度が知りたいなら、PatentsBots 審査官インタビューやRCEによる効果まで見たいなら、Unified Patents
ビジネスを展開する上では商品・サービス名に関係する商標には注意が働くだろうが、その商品・サービス名をWebサイトのドメインとしても用いるのであれば、その「ドメイン」の取り扱いについても配慮しておく必要がある。 商標とドメインの違い まずは基本的な整理から触れておく。 ドメインとは何か ドメインはインターネット上の「住所」であり、同一の文字列は世界に一つしか存在しない。 これは早い者勝ちで取得され、ブランド的な役割を持つことも多い。 ドメイン中の末尾にある「co.jp」や「.com」といった、 一般ユーザーが直接ドメインを取得できる末尾の文字列をパブリックサフィックスと呼ぶ。 パブリックサフィックスとしては、メジャーな「.com」が人気であり、既に多くのドメイン名が取得されていることから新たな取得難易度も高い。 また、パブリックサフィックスによって取得費用はまちまちである。 ドメイン取得は早いもの勝ちではあるが、「○○.com」○○の部分を既存のドメイン名と同じものとしつつ、パブリックサフィックスを変えれば(例:.netなど)、別途取得できるという特徴がある。 フィッシングサイト等で、パブリックサフィックスだけ変えたURLを見かけたことがあるかと思う。 商標とは何か 商標は、商品・サービス(役務)の出所を識別するための標識であり、国ごとに登録される権利である。 こちらも所定要件を満たせば早い者勝ちであり、既に同一・類似商標があれば基本的には登録はできない(コンセント制度を活用すれば登録も可能)。 両者の関係 重要なのは、ドメイン登録と商標登録は完全に別制度であるという点である。 例えば、先に同一・類似の商標登録が存在していても、その文字列のドメインが未取得であれば原則としてドメインは取得できてしまう。 つまり、正式にドメイン取得したはずの企業が、そのドメインの使い方によっては商標権を保有する企業から訴えられる可能性があるというわけである。 また、図利加害目的で、他人の商品・役務の表示(特定商品等表示)と同一・類似のドメイン名を使用する権利を取得・保有、又はそのドメイン名を使用する行為は、不正競争防止法違反となる(不正競争防止法第2条第1項第19号)。 したがって、他者が商標登録済の文字列に関しては、ドメイン取得することはお勧めしない。 また逆に、商標登録した企業であっても、その名称のドメインが別企業に取得されてしまっている場合もある。 よって、商標登録、ドメイン取得の際は、お互いの登録・取得状況について事前に調べておくのが望ましい。 ブランド管理としての一体運用 商標とドメインは、制度上は別でも、ブランドという観点では同一の資産であるため、一体的に管理することが望ましい。 つまり、ドメイン取得の際には商標登録の必要性についても検討するということである。 ドメインの商標登録の必要性判断 もし、単なるURL(アドレス)としてのみ使用する場合なら、商標的使用とはならず、商標登録は不要である。 一方、Webサイト上でブランド表示したり、広告やプロモーションで使用するのであれば、商標登録することが考えられる。 ただし、商標登録出願時には識別力の無いパブリックサフィックス(「.co.jp」「.jp」「.com」「.net」など)まで含める必要は無く、例えば「○○.com」であれば、「○○」の文字部分を出願するのが基本となる。 グローバル展開時の留意点 商標であれば、国によっては権利維持に使用実績が求められる点は注意である(米国など)。 各国の判断によるところだが、上記の通り、単なるURL(アドレス)として使用するだけでなく、実際の商品・サービス名として使用しているところまで求められる可能性があるのではないだろうか? また、ドメイン観点ではブランド展開のために国別にドメインを押さえることも一案である。 例えば、「.com」とは別に、「.jp」(日本用)、「.cn」(中国用)を取得するという具合である。 商標とドメインの管理 商標権の維持には年金を納めつつ、国によっては継続使用する必要があるところ、ドメインに関しても更新費用を納める必要がある。 また商標とは異なり、ドメイン名ハイジャックを防ぐためのセキュリティ対策が必要となる。 模倣ドメインへの対応 ブランドが成長すると、問題になるのが「模倣ドメイン」である。 自社の商品・サービス名を使ったドメイン名を取得・使用し、ブランドイメージにあやかろうとする輩が現れるかもしれないので、その対策が求められる。 複数ドメインの取得 「.com」「.co.jp」といった主要ドメインを取得すれば、模倣ドメインが取得されるリスクは減らせる。 取得・更新費用は嵩んでしまうが、その他ドメインについても取得検討するとベターである。 監視の重要性 継続的なドメイン監視は有効な対策の1つとなる。 例えば、企業が提供するドメイン監視サービスを利用することで、自社ブランドやサービス名に類似したドメイン名の新規登録・運用状況を定期的にチェックし、フィッシング詐欺や商標権侵害などの不正利用を早期発見することが容易となる。 紛争解決手段 もし模倣ドメインを発見し、その廃止等を求めるのであれば、当事者間の交渉や裁判のほか、UDRP(Uniform Domain-Name Dispute-Resolution Policy)の利用が挙げられる。 これは、不正なドメイン取得に対して、ドメインの移転や廃止を求めることができる制度であり、裁判に比べて大幅な時間短縮とコスト節減が期待できるWIPOのサービスである。 ただし、単に第三者に取得されているだけでは足りず、「不正の目的(転売やなりすまし等)による登録・使用」が必要という制約がある点には注意である。 なおJPドメインについては、日本知的財産仲裁センターが認定紛争処理機関として紛争処理を担う。 もちろんUDRPの対象とならない正当な権利者間の紛争であれば、裁判による解決も選択肢となる。 ドメインを巡る主な裁判例 ドメイン使用を巡り生じた紛争として、次のようなものがある。 リシュ活.jp事件 事件番号:平成30年(ワ)第11672号 原告:学情株式会社(「Re就活」商標保有) 被告:一般社団法人履修履歴活用コンソーシアム(「risyu-katsu.jp」使用者) 裁判所は、ドメイン名と商標の類似性を認定し、被告による使用の差止等を認容した。 → ドメインと商標の類似が問題となる典型例 マリカー事件 事件番号:平成30年(ネ)第10081号ほか 原告:任天堂株式会社 被告:株式会社MARIモビリティ開発(「maricar.jp」「maricar.co.jp」「fuji-maricar.jp」「maricar.com」使用者) 原告は「マリカー」の商標を登録していなかったため、不正競争防止法に基づく請求を行い、裁判所は、ドメイン使用の差止と、一部ドメインの抹消を認めた。 まとめ 商標とドメインは制度上は別物だが、その活用方法の共通性から、ブランド管理上は一体で考えるべきである。 そして、商標・ドメインいずれも以下の点が基本となるであろう。 使用・登録前に事前調査する 先に登録する 広く押さえる 継続的に監視し、有事に備える
契約において、損害賠償条項や免責条項といった条項で責任の範囲を規定する際は、必ずと言っていいほど以下の用語を目にすることかと思う。 故意 過失 重過失 責めに帰すべき理由 故意と過失の違いは直感的に理解できても、どこからが「重過失」と評価されるのか、また「責めに帰すべき理由」はどのレベルを含むのか、という点は、契約レビュー時に意識しておきたいポイントである。 責任の範囲を規定する各用語の意味 以下、それぞれの用語の概念を整理しておきたい。 故意 結果が発生することを認識しながら、意図的に何かをすること、または何もしないでいることを意味する。 したがって、主観的な要件といえる。 当たり前だが、通常、故意は過失よりも法的な責任は重くなる。 過失 結果を予見でき、かつその結果を回避できたにも関わらず、必要な注意を怠ることを意味する。 従来は、その人が十分緊張して注意したかどうかの心理的な問題だと考えられてきた(主観説)。 しかし、その人の心理的状態(注意していたのか、うっかりしていたのか)を判断するのが難しいことから、現在は、各分野(例:ソフトウェアベンダ)に属する平均的な人にとって「通常とるべき行動をしたかどうか」の問題と捉えるのが通説とされている。(客観説)。 「これは過失だ」と判断できる明確な基準を示すのは難しく、裁判では、サービスの性質などに応じて案件毎に判断がなされるのが実情である。 ソフトウェアベンダでいえば、運用や保守作業にあたっていたスタッフに人的ミスがあれば、過失と認められる可能性があると思われる。 重過失 わずかな注意をすれば、容易に結果を予見し回避できたにもかかわらず、漫然と見逃すような著しい注意欠如の状態であり、ほとんど故意に近いとされる。 この「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」があるという点が、過失との決定的な違いとなる。 ソフトウェアベンダの場合は、長期間既知の重大な脆弱性を放置したとか、セキュリティ標準から大きく外れた運用をしていた、という事情があれば重過失が認められ得るが、過失の認定よりもハードルが高いのは言うまでもない。 責めに帰すべき事由(帰責性) 「責めに帰すべき事由」とは、故意もしくは過失、または信義則上これらと同視すべき事由をいい、単なる「故意・過失」よりも広い概念となっている。 「信義則上故意・過失と同視すべき事由」として重要なのは、いわゆる「履行補助者の故意・過失」である。 ここで「履行補助者」とは、債務者が債務を履行するために使用する者を指す。 例えば、業務委託契約の受託者が第三者に業務を再委託する場合、この第三者が受託者の履行補助者に該当する。 もし受託者自身に故意・過失がないとしても、履行補助者に故意・過失があれば、受託者は委託者に対して損害賠償責任を負うと解される。 履行補助者の使用は、あくまで委託者が希望したものではなく受託者側の都合によるものであり、履行補助者の故意・過失は受託者自身の故意・過失と信義則上同視すべき、という理屈となる。 その他留意点 上記概念のほか、免責や損害賠償の検討に際し留意すべき点をいくつか挙げておきたい。 免責対象から故意・重過失の場合を除くこと 損害賠償責任の免責条項が、信義則や公序良俗に反し不当である場合には、無効になる場合がある。 具体的には、故意・重過失がある場合に損害賠償責任を免除・制限する条項に関しては、無効であると判断される可能性は高い。 また、利用者が消費者である場合、事業者に故意又は重過失がある場合にまで責任を限定する条項は無効と明確に定められている(消費者契約法8条1項2号)。 そのため、故意・重過失の場合については損害賠償責任の免責を定めない方が無難である。 過失相殺の減額 過失相殺とは、ベンダのみならずユーザーにも過失があった場合は両者の責任を相殺し、ベンダが支払う損害賠償額を減額することをいう(民法第722条2項)。 ユーザーに過失相殺に値する事情があれば、過失相殺の有無も個別案件で判断されることとなるが、例えばベンダの過失でユーザのデータが消失したとき、ユーザー側で簡単にバックアップすることができたにも関わらずそれを怠っていた場合には、損害賠償額が減額され得る。 したがって、利用者の立場であれば利用時の義務は守るよう努めるべきだし、ベンダ側の立場なら少しでも賠償額を減らすために過失相殺の主張をする検討余地があるかと思う。 損害賠償範囲に逸失利益を含めるか 民法第416条では、債務不履行(契約違反など)による損害賠償の範囲として、以下2点を請求可能な損害と定めている。 通常生ずべき損害(通常損害) 特別の事情によって生じた損害(予見できた場合に限る。特別損害) ここで注意したいのは、民法に従えば項目2も含まれるところ、いわゆる逸失利益(契約違反がなければ、将来得られたはずの収入や利益)も損害賠償の対象となる可能性がある、という点である。 したがって、民法の定めとは異なり逸失利益を対象外としたい場合は、契約書で「現実に生じた直接かつ通常の損害に限る」といった限定を設ける運用が一般的である。
昨今は、AI生成画像を商用利用する機会が多くなってきている。 個人で楽しむ分には問題ないが、商用利用する上では「AIが出してくれた画像なら安心」というわけではない。 この記事では、AI生成画像を商用利用する際の法的留意点を押さえておきたい。 生成AIの利用規約 まず気にすべきは利用規約となる。 生成画像の所有権は誰になるのか、また禁止行為としてどんなものがあるのかを確認したい。 生成画像の所有権 幸い、作成画像の所有権はユーザーとする生成AIが殆どのようである。 一方、利用規約によっては社内サービス等のために生成画像の利用を許諾しなければいけないこともあるので、許諾しても問題無いか念のため確認しておきたい。 以下の表に、主な生成AIと、ユーザーに所有権がある旨の根拠記載をまとめた。 生成AI 画像利用OK? 利用規約 根拠となる記載 ChatGPT OK 利用規約(2026年1月1日発効) コンテンツの所有権限。お客様と OpenAI との間において、適用される法律で認められる範囲において、お客様は、(a)インプットに対する所有権を保持し、(b)アウトプットを所有します。当社はアウトプットに関する権利、権原、及び利益がある場合、これらすべての権限をお客様に譲渡します。 Gemini OK Google利用規約(2024年5月22日発効) ユーザーのコンテンツ Google の一部のサービスは、ユーザーによるオリジナル コンテンツの生成を許可しています。Google がそのコンテンツに対する所有権を主張することはありません。 Copilot OK Microsoft Copilot 使用条件(2025年10月24日発効) 「お客様のコンテンツ」とは、Copilot との会話に含まれるプロンプトと応答を意味しますが、Microsoft が別途所有するコンテンツ (Xbox ゲーム クリップなど) は含まれません。 Microsoft はお客様のコンテンツを所有していませんが、Copilot の運営および改善のためにお客様のコンテンツを使用することがあります。Copilot を使用することにより、お客様は、お客様のコンテンツを使用する許可を Microsoft に付与することになります。 Claude OK Consumer Terms of Service(2025年10月8日発効) Rights and Responsibilities. …Subject to your compliance with our Terms, we assign to you all of our right, title, and interest—if any—in Outputs. Grok OK Terms of Service - Consumer(2025年11月4日発効) User Content: You Own Your User Content. You may provide input (e.g., text, audio, images, video, code, files, folders, drives, etc.) to the Service (”Input”) and receive output from the Service (excluding output from Grokipedia) based on the Input (”Output”). Collectively, Input and Output are “User Content.” 禁止行為 生成AIによって禁止行為の記載内容は若干異なるが、どの生成AIでも、違法/暴力的/性的/プライバシー、知財権等の権利侵害コンテンツの生成は禁止されている。 ...
Webスクレイピングは、Webサイト上のコンテンツやデータを自動的に抽出・収集する手法であり、競合調査やデータ分析、AI開発などのための情報収集手段として注目されている。 例えば、SNSや電子掲示板の書き込みを元に自社サービスの評判を調査する際、Webスクレイピングを活用することで、非常に短時間で調査することが可能となるわけである。 ここでWebスクレイピングそのものが問題というわけではないのだが、情報を自動収集するという性質上、無自覚に実行すると複数の法領域にまたがるリスクを抱える。 多くのサイトでも議論されているところかと思うが、備忘録もかねて主要な論点を整理しておく。 利用規約 まず最初に問題になるのが、収集先となるWebサイトやSNSの利用規約となる。 いくつかのECサイトやSNSでは、スクレイピング等の自動取得行為を明確に禁止している。 この規約に反してデータ取得を行えば、アカウント停止や損害賠償請求のリスクがある。 これに関しては、後述の訴訟のように「ログインせずにアクセスできる公開データ」だけを取得対象にするなら利用規約の効力が及ばないと判断される可能性もあるが、正直日本ではセーフとまでは言い切れるほどの判例や庁見解が揃っていないと思う。 よって、利用規約でスクレイピングを禁止する旨が記載されていれば、スクレイピング行為は控えた方が無難である。 米国の議論(参考) 米国地裁の訴訟であるMeta v. Bright Dataでは、「公開情報については利用規約の効力が制限され得る」という判断が示されている。 ただし、あくまで米国での判断であり、事案依存性が強いという点から、日本でも同様に安全とは言えない。 基本的には公式APIを使うこと もし情報収集したいSNS等に公式APIがあれば、そちらから情報取得するのが安全である。 もし公式APIがあるにも関わらず、スクレイピングで情報収集しようとする行為は利用規約違反となる可能性が高い。 公式APIがあればWebサイトの利用規約とは別にAPI利用規約が公開されているかと思うので、利用の際はAPI利用規約も遵守する必要がある。 著作権法 スクレイピング対象には、テキスト・画像・動画などの著作物が含まれ得る。 日本の著作権法では、著作権法30条の4により、AI学習などの情報解析目的であれば、原則として著作物の利用が認められる。 ただし、取得データをそのまま掲載する行為は認められない。 掲載する場合は、非類似レベルや統計データへの加工といった対応が必要になる。 個人情報保護法 スクレイピング対象に個人情報が含まれる場合、リスクは一気に高まる。 「公開されているから自由に使える」とは限らず、目的外利用、要配慮個人情報(病歴や犯罪歴など)の取得、第三者提供するといった場合は、個人情報取得に本人同意が必要となる。 一方、現在の個人情報保護法の改正方針案によれば、統計情報等の作成(統計情報等の作成と整理できるAI開発等も含む)のみの利用なら本人同意取得不要とする方針が示されている。 ただし、これはあくまで2026年3月時点では方針案レベルであり、確定ルールではない点に注意が必要である。 改正案については、以下の記事でも触れている。 AI学習用データとして使うなら、個人情報の同意取得が不要となる? 個人情報保護法では、原則として、利用目的の通知またはHP上等での公表を行っておけば、個人情報取得・利用の際の本人同意は不要である。 一方、... 基本的には、個人情報は取得しない、適切に匿名化する、といった対応が必要となる。 不正競争防止法 一般公開されていない営業秘密を不正にスクレイピングした場合、営業秘密の不正取得(不正競争防止法違反)となる場合がある。 公開情報であればともかく、ログインを要する情報の場合はリスクが生じることとなる。 刑法(偽計業務妨害、電子計算機損壊等業務妨害) スクレイピングは、リクエストの頻度が多すぎると刑事問題にも発展すし得る。 具体的には、サービス提供に支障が出るほどサーバーに過剰な負荷をかける程の頻度になると問題になる。 この問題となる頻度を定量的に判断するのが難しく、一見すると大した頻度でないように見えても、サーバー能力等との兼ね合いで、現実に障害が発生すると問題とされる可能性が高まるようである。 過去に岡崎市中央図書館事件というものがあり、この事件では、約1秒1アクセス程度という頻度にも関わらず、実際に閲覧障害が発生したという事情から、偽計業務妨害容疑で逮捕されている(業務妨害の強い意図が認められないとして、後に起訴猶予処分となった)。 その他 ログインしないと閲覧できないサイトへのスクレイピングは、相当リスクが上がる。 利用規約違反の認定が容易となるし、ログイン認証の突破は、不正アクセス禁止法違反ともなり得る。 またWebサイトには、検索エンジンクローラーに対し、Webサイト内のどのページをクロールしてよいか/拒否すべきかを指示するテキストファイルとして「robots.txt」というものがある。 このrobots.txt自体は、法的拘束力を持つものではない。 ただし、サイト運営者の明確な意思表示と評価されるため、これを無視すると後の紛争で不利に働く可能性がある。 実務的な安全ライン 最後に、スクレイピングを検討する際の実務上の対応策を整理しておく。 利用規約でスクレイピング行為が禁止されていれば避ける 公式APIがあればそちらを利用する(API利用規約にも注意) ログイン不要な公開情報のみをスクレイピング対象にする アクセス頻度を厳格に制御する 個人情報は原則扱わない(収集した場合は適切に加工・削除) 取得データはそのまま公開しない robots.txtを尊重する 利用規約の章でも述べた通り、利用規約でスクレイピングを禁止する旨が記載されている場合は、米国地裁の判断があるとはいえ、公開情報であろうとグレーゾーンと考えて避けた方が安全だと思う(公開情報は明確に除外する旨が規定されていれば別だが)。