切り餅を焼いたとき、餅が横から膨らんで飛び出してしまった経験はないだろうか。
最近の切り餅には、表面に切り込みが入っているものが多い。
この切り込みによって、餅が焼いたときに外へ吹き出すのを抑え、きれいに膨らみやすくなる。
この「切り餅に切り込みを入れる」という身近な工夫をめぐって、会社同士が特許権侵害を争った事件として、「切り餅事件」を紹介したい。
事件の概要
2009年、越後製菓は、佐藤食品工業が販売していた切り餅について自社特許(特許第4111382号)を侵害しているとして訴訟を提起した。
問題となった特許は、簡単にいえば、切り餅の側面に切り込みを設け、焼いたときに餅が横から吹き出すことを抑えるという技術に関するものである。
佐藤食品工業の商品にも側面に切り込みが入っていたのだが、それだけではなく表面にも切り込みが入っていた。
そこで、「この商品は特許の技術的範囲に含まれるのか」が大きな争点となった。
東京地裁では越後製菓が敗訴
2010年、東京地方裁判所は、越後製菓の請求を退けた。
ポイントとなったのは、特許請求の範囲に記載された**「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく・・・側周表面に・・・切り込み部又は溝部を設け」**という文言の解釈である。
東京地裁は、この文言について、切餅の上面や下面には切り込みを設けないことまで特許発明の構成として含まれると解釈した。
以下、判決文の抜粋となる。
本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば、本件発明は、「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすることなどを目的とし、切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を、従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく、「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより、焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置にあるため、焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから・・・切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。
そのため、佐藤食品工業の商品は特許の構成要件を満たさないと判断したのである。
これに対し、越後製菓は控訴した。
知財高裁で逆転
2011年、知的財産高等裁判所は中間判決を出し、佐藤食品工業の商品が特許発明の技術的範囲に属すると判断した。
ここで重視されたのも、先ほどの「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく」という文言であるのだが、ポイントは、たった1つの「読点」の有無であった。
請求項の記載は、「載置底面又は平坦上面ではなく」の後に「読点(、)」を入れず「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」と、そのまま続いていた。
この文章のつながりから、知財高裁は「載置底面又は平坦上面ではなく」という部分は、その直後の「立直側面である」という部分と一緒になって「側周表面」を修飾していると考えるのが自然だ、と判断した。
つまり、「上面や下面には切り込みを設けてはいけない」という意味ではなく、「切り込みを設ける場所は、上面や下面ではなく、切り餅の側周表面である」という意味に理解するのが自然だと判断した。
このことから、上面や下面にも別の切り込みがあるからといって、それだけで特許の技術的範囲から外れるわけではないと考えたのである。
最終的に約8億円の損害賠償
2012年3月22日、知財高裁は最終的な判決を言い渡した。
東京地裁の判決を取り消し、佐藤食品工業に対して対象製品の製造・販売等の差止めや製品等の廃棄を命じるとともに、約8億円の損害賠償を命じた。
一見すると「餅に切り込みを入れただけ」にも見える技術だが、その技術が商品の販売に大きく貢献していたことなどを踏まえ、巨額の損害賠償につながったのである。
この事件から学べること
この事件で特に面白いのは、請求項の記載におけるたった1つの読点の有無が権利解釈の明暗を分けた点である。
また、地裁でも考慮されたように、特許の明細書に記載された発明の効果などが特許発明の技術的範囲の解釈に影響することもある。
知財部や特許事務所としては、単に「発明のすごさ」をアピールするだけではなく、将来の権利解釈まで意識して、請求項や明細書を作り込むことが重要だと考えさせられる事件である。