ライセンス契約で独占禁止法違反とならないように

特許ライセンスを付与する際、できるだけ自社に有利な条件を付けたくなるところではあるが、あまりやり過ぎると独占禁止法上の「不公正な取引方法」に引っかかる場合がある。 では、具体的にどこまで要求を強めると問題となるだろうか? ライセンスと独占禁止法の関係 独占禁止法第21条によれば、独占禁止法上の規定は知財権の権利行使には及ばないとされている。 それなら大丈夫なようにも見えるが、公正取引委員会の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(平成19年9月28日制定)によれば、 「技術に権利を有する者が,他の者にその技術を利用させないようにする行為及び利用できる範囲を限定する行為は、外形上、権利の行使とみられるが、これらの行為についても、実質的に権利の行使とは評価できない場合は、同じく独占禁止法の規定が適用される。 とされており、ライセンス時において権利行使というにはやり過ぎな条件を付けると、独占禁止法が適用されることとなる。 どんな条件が「不公正な取引方法」に該当? 公正取引委員会の指針では、以下4分類を不公正な取引方法となり得る行為としている。 技術を利用させないようにする行為 技術の利用範囲を制限する行為 技術の利用に制限を課す行為 その他の制限を課す行為 ライセンス上、特に問題となるのは3と4となる。 技術の利用に制限を課す行為 以下、公正取引委員会の指針を簡略化したに過ぎないが、リストとしてまとめたものとなる。 自社ビジネスを守りたいがために、必要以上にライセンシーの製造販売条件を縛ると問題となる場合が多い。 カテゴリ 概要 (1) 原材料・部品に係る制限 技術の性能・安全・秘密保持に必要な範囲なら許容。必要以上に購入先等を縛ると問題。 (2) 販売に係る制限 - 地域・数量制限:権利範囲内なら一定程度許容。消尽後や過度な制限は問題。 - 販売先制限:利用範囲制限とは扱われず、競争制限になりやすい。 - 商標使用義務:他商標の併用禁止でなければ通常問題なし。 (3) 販売価格・再販売価格の制限 価格拘束は競争制限が明白で、原則違法。 (4) 競争品の製造・販売又は競争者との取引の制限 競争技術の利用禁止は問題になりやすい。 ただしノウハウ保護に必要な範囲なら許容。 (5) 最善実施努力義務 努力義務に留まる限り問題なし。 (6) ノウハウの秘密保持義務 原則問題なし。 (7) 不争義務 場合によっては無効な権利の存続を助けるため問題となる。 その他の制限を課す行為 こちらの行為についても、概要をまとめてみた。 本来あるべきライセンス範囲を超えた要求をしたり、ライセンシーの研究開発に悪影響を及ぼすと問題となる。 カテゴリ 概要 (1) 一方的解約条件 他の競争制限を実効化する手段として使われるなら問題。 (2) 技術利用と無関係なライセンス料の設定 競争品の利用を妨げる場合は問題。 合理的な算定方法なら可。 (3) 権利消滅後の制限 権利消滅後も利用制限や支払いを課すのは原則問題。 (4) 一括ライセンス 不要技術を抱き合わせると問題(クロスライセンス含む)。 (5) 技術への機能追加 プラットフォーム支配を利用して競争技術を排除する場合は問題。 (6) 非係争義務 ライセンシーの権利行使を制限し競争を弱める場合は問題。 (7) 研究開発活動の制限 原則問題(将来の競争を阻害)。 ノウハウ保護のための必要最小限は可。 (8) 改良技術の譲渡義務・独占的ライセンス義務 原則問題(ライセンシーの研究意欲を阻害)。 (9) 改良技術の非独占的ライセンス義務 通常問題なし。 ただし第三者へのライセンス制限が付くと問題。 (10) 取得知識、経験の報告義 通常問題なし。 実質的にノウハウ提供義務になる場合は問題。 所感 ライセンス条件で真っ先に思いつくのはロイヤリティ料率だと思うが、価格が高額となること自体で「不公正な取引方法」となるケースは案外示されておらず(限度はあるだろうが)、それよりは寧ろライセンシーの行為を制限するような条件を付与する場合に当てはまることが多い印象である。 料率を抑える代わりに何かしらそれに代わるものを要求したり、場合によっては先方から提案されることもあるだろうが、契約を結ぶ前に、上の分類に当てはまらないかは気を付けておきたいところである。

ノベルティ配布は商標権侵害になるのか

企業が広告宣伝の一環としてノベルティグッズを配布することは一般的である。 広報が張り切ってグッズを作成するのは良いのだが、ノベルティに他人の登録商標が付されていると知財としては見逃せないリスクとなりそうに見える。 しかし結論から言えば、ノベルティの配布が「常に」商標権侵害になるわけではない。 その判断は、当該ノベルティ自身が「商品」なのか、それとも単なる「広告媒体」にすぎないのかによって左右される。 ノベルティと商標の「使用」 商標とは「商品又は役務について使用される標識」をいう(商標法2条1項)。 ここで重要なのは、ノベルティに商標が付したときに、そのノベルティ自体が「商品」に該当するのかどうか、それとも「商品の包装又は広告媒体」にすぎないのか、という点である。 この点に関しては、過去の判例が存在する。 BOSS事件(大地判昭和62年8月26日) この事件は、電子楽器を販売する企業が、購入者向けに標章「BOSS」が付されたTシャツをノベルティとして配布していたところ、商標権者が、このTシャツの配布を商標権侵害に当たると主張したものである。 裁判所の判断 裁判所は、配布されたTシャツが「商品」なのか、それとも「商品の包装又は広告媒体」にすぎないのかを判断するにあたり、Tシャツがそれ自体として交換価値を有し、独立して商取引の目的物となっているか否かを基準とすべきとした。 判断にあたっては、以下の事情を考慮している。 Tシャツが、電子楽器と比べて格段に低価格である Tシャツが、電子楽器の広告・販売促進目的で配布されたものである Tシャツは、電子楽器の購入者に限り、一定の条件下で無償配布されたものである 入手者が限定されており、将来市場で流通する蓋然性がない これらを踏まえ、裁判所はTシャツを「包装物又は広告媒体など」に該当すると判断し、商標権侵害を否定した。 「タダで配るから安全」ではない BOSS事件から導かれるポイントは、「無償配布かどうか」という点だけではなく、ノベルティそのものが商取引の目的たり得るかという点にある。 つまり、「無料で配っている」「ノベルティと呼んでいる」という事情だけで、商標権侵害が否定されるわけではない。 事案ごとに、ノベルティの性質や配布態様を踏まえた検討が不可欠となる。 日本実務における整理 日本の実務では、ノベルティに商標を付して配布する行為は商標法2条3項8号の広告的使用に該当し、「ノベルティ自体」(BOSS事件でいうTシャツ)についての使用には当たらないと解されるのが通説である。 そのため、「純粋な販促目的で」「無償配布され」「配布対象が限定され」「市場流通の可能性が低い」といった事情が揃う場合、商標権侵害のリスクは低いと評価されることが多い。 それでもリスクはゼロではない 個人的には、ノベルティ配布であればノーリスクというわけではないと思う。 具体的には、以下のような点に注意が必要ではないだろうか。 反復配布によるリスク ノベルティを反復的・継続的に配布することにより、広告・販売促進の枠を超え、ノベルティ自体が出所表示機能や識別力を有すると評価される場合には、侵害が認められる可能性がある。 現代的事情とのズレ BOSS事件は昭和60年代の裁判例であり、「将来市場で流通する蓋然性がないこと」が判断要素として挙げられている。 しかし、現在では、インターネット通販、フリマアプリ、個人による転売等が一般化しており、ノベルティが二次流通する可能性を一概に否定することは難しい。 例えば、無償配布終了後に余ったノベルティを通常販売したり、インターネット通販で販売するといった行為を行えば、その時点でノベルティは「宣伝広告媒体」ではなく「商品」と評価され、商標権侵害に該当する可能性が高まる。 このように、ノベルティが単なる宣伝広告媒体にすぎないのか、それ自体が商品として流通しているのかは、使用方法や流通経路によっても評価が変わる。 総付景品との関係にも注意 ノベルティは、景品表示法上の「総付景品」に該当する。 総付景品とは、懸賞によらず、商品・サービスの利用や来店を条件として、もれなく提供される景品類をいう。 総付景品には以下の限度額が定められている。 取引価額が1,000円未満:200円まで 取引価額が1,000円以上:取引価額の10分の2まで 商標権の問題とは別に、景品表示法上の規制にも注意が必要となる点は押さえておきたい。 まとめ ノベルティ配布が直ちに商標権侵害になるわけではない 判断の核心は「商取引の目的たり得るか」 無償配布・販促目的でも、流通実態次第で評価は変わる 現代では二次流通リスクを前提に考える必要がある 景品表示法上の総付景品規制にも留意が必要 ノベルティは手軽な販促手段である一方、商標権侵害のリスクがゼロとまではいえない。 「ノベルティだから大丈夫」と安易に判断せず、具体的な配布態様を踏まえ検討することが重要となる…とはいえ、商標権者から警告書を受けたら配布を停止すれば済むと思えば、通常の製品/サービスよりもダメージは遥かに小さい。 個人的には、外部特許事務所による調査まではせずとも、社内での簡易な他社商標調査ぐらいはしておいても良いのではないかと思う。

大学との共同研究で生じた発明の取扱い

大学との共同研究により発明が生じた場合、その特許の取扱いは共同研究契約により定められる。 実務上は、出願前に当事者間で協議し、あらかじめ契約形態を選択しておくことが一般的である。 そうしておかないと、いざ出願後に整理しようとすると利害対立が顕在化し、調整が困難になるためである。 大学によってひな型は異なるが、多くの大学との共同研究契約では、以下の3つを選択肢として設けることが多い。 大学持分の譲渡 独占実施(不実施補償あり) 非独占実施(不実施補償なし) 大学持分の譲渡 大学が自己の持分を企業に有償で譲渡する方式である。 企業が単独権利者となるため、権利行使やライセンス方針を自由に決定できる点が最大の特徴である。 一方、大学は対価(譲渡金)を一括で取得することができる。 譲渡金は結構どんぶり勘定となることも多く、1件あたり100万円程度となることもあれば、もっと吹っ掛けられることも。 大学側としては多くの譲渡金を引っ張りたいという意図があるのは理解できるが、やり過ぎると企業側との関係性にも影響しかねず、最悪研究を途中で打ち切られてしまうリスクもある。 独占実施(不実施補償あり) 大学と企業の共同出願としつつ、企業のみが独占的に実施する方式である。 大学は自ら実施しない代わりに、企業から**不実施補償(実施しないことに対する対価)**を受け取る。 例えば、持分割合が均等の場合は、一般に第三者にライセンスする場合に採用される実施料に不実施者の持分割合の1/2 を乗じた金額を不実施補償料とすることが考えられる。 出願~登録までの費用は企業が全額負担とすることが多い。 また、企業が正当な理由なく実施しない場合、大学が第三者に対し非独占的実施権を許諾可能とする条項を設けることもある。 このように、企業に一定の独占性を与えつつ、大学側にも「活用されない場合の逃げ道」を残す構造である。 共同研究の成果を確実に事業化してもらいたい大学側の意向を反映した形といえる。 非独占実施(不実施補償なし) 企業は非独占的実施権のみを有し、不実施補償は支払わない方式である。 その代わり、大学は第三者に非独占実施権を許諾可能(実施料は大学に帰属)とし、自己の持分を第三者に譲渡することも可能とする。 一方、出願~登録までの費用は、持分割合に応じて負担とする。 特許法73条との関係 特許法73条では、共有特許について第三者への持分譲渡やライセンスには他の共有者の同意が必要とされている。 もっとも、同条は任意規定であるため、共同研究契約で相手方の同意が不要である旨を別途定めれば問題ない。 注意点 大学と共同研究を行った企業は、第三者が実施する場合であっても、共同出願費用や維持費を分担することになる。 企業としては必ずしも実施するとは限らない発明もあるわけで、その場合は「実施しないのに費用だけ負担する」という払い損の構造になりやすく、企業側の納得感が問題になりやすい。 その他 実務上は、一定期間の独占実施を設けるという折衷案も用いられる。 一定期間は共同研究相手の企業が独占的に実施でき、その期間経過後は、大学が第三者へのライセンス活動を行うことを可能とするものである。 この形により、企業は他社に先駆けて製品化でき、大学は将来的な社会実装の機会を確保できる。 また、非独占実施でも不実施補償を求めるケースが見られることがあるが、この点は企業側から見ればかなり不利であり、実務上トラブルになりやすい。 不実施補償をめぐる実務上の難しさ 企業側の立場で言えば、不実施補償の支払いを避けるのであれば、非独占実施とするのが合理的であるが、その場合は大学から競合メーカーにライセンスされる可能性が生じる。 競合へのライセンスを禁止する条項を設ける例も存在するが、実務上は、「譲渡」「独占実施」のいずれかとすることでリスクを根本的に排除するケースが大半である。 また大学側としては出願費用の負担は避けたいという思いから、持分譲渡や独占実施で契約したいという意向が強いようで、経験上は非独占実施とするケースは多くない。 その他、基礎発明と改良発明を分けて考える視点もあり得る。 共同研究の成果については、基礎的な内容として論文・学会発表等で公知化しつつ、そこで得られた知見をもとに社内で製品化をする上で生まれた改良発明は企業側で単独出願するというというものである。 ただその場合は、基本特許の独占は諦める必要が生じるのが悩ましいところである。 企業側の立場としては、共同研究の開始前に自社で生み出した基礎的な発明があれば予め単独出願するのが望ましいことは間違いないので、開発部にはその旨確認して進めたいところである。

特許出願における発明者の国籍・住所・ID番号の記入

中国での2026年法改正により、中国出願時には発明者全員の国籍情報が必要となった。 また、韓国、台湾の出願についても同様である。 そして特許事務を行っていないと意外と気付きづらいが、中国の場合は「身分証明番号」に関する要件もあり、企業実務において無視できない負担となりつつある。 本記事では、発明者の国籍情報が必要な国について確認てみたい。 中国では、発明者全員の国籍確認が必須に 中国特許出願では、これまで筆頭発明者が中国人の場合については、その発明者の身分証明番号(中国身分証明書のID番号)を出すことが求められていた。 身分証明番号は社員の個人情報であって、あまり知財部でも情報として管理したくないのが本音である。 このため、複数の発明者がいた場合は、身分証明番号等を出すことを避けるために敢えて中国人以外の発明者を筆頭発明者にする、という話も聞いたことがある。 しかし、2026年1月1日から施行された中国特許審査指南の改正により、筆頭発明者に限らず、発明者全員について国籍確認が必要となった。 更に、発明者の中に中国国籍のものが含まれる場合、筆頭発明者か否かによらず、身分証明番号の提出が求められることとなったのである。 これら国籍や身分証明番号が公開されるわけではないのだが、知財部の立場からすると、これまで以上に中国人発明者の身分証明番号を取得・管理する必要に迫られることとなる。 韓国・台湾も全員分の国籍情報が必要 中国だけでなく、韓国・台湾でも発明者全員分の国籍情報が必要となっている(ID番号の提示までは必要なし)。 こちらも、国籍情報は開示されない。 因みに、韓国では居住国の開示は不要だが、住所の記載は必要とされており、こちらは開示対象となっている。 しかし、会社が出願する場合で、その従業員などが発明者である場合には、個人住所でなく法人住所等を記載することも可である。 日本でも、例えば「…株式会社内」と会社を居所として記載することができるので、韓国の住所の記載ルールは日本と同じといえる。 台湾に関しては、2004年7月1日の改正特許法の施行により、発明者の住所を台湾智慧財産局へ申告する必要が無くなっている。 発明者の住所開示のメリットは無い? 出願人の住所は、発明内容に興味を持った第三者が問い合わせたり、ライセンス契約の希望を伝える場合等に連絡を取る必要があるため公開が必要、というのはまだ分かる。 しかし、個人情報の取扱いに敏感なこの頃においては、発明者の住所に関してはわざわざ公開する必要性は低いのではないかというのが個人的な感想である。 実際に、発明者個人の住所は会社住所で賄っているケースが殆どである。 個人発明家が出現する場合は、自宅の住所を掲載せざるを得ないケースが多いだろうが、会社員であれば、私書箱(郵便局や一部の民間企業で提供している郵便物受け取りサービス)を契約するとか実家の住所を使わせてもらうといったオプションも考えられる。 各国とも、公開公報に発明書の住所を載せない運用としてほしいところである。 実務上、発明者の個人情報はあまり扱いたくない 知財部が主体となって発明者の国籍情報を得ようとすると、人事部から情報を提供してもらったり、発明者本人から聞く必要がある。 これが中々骨が折れる。 中国出願における身分証明番号についても発明者本人に直接聞くのが手間であるし、発明者から「なぜそこまでID番号まで必要なのか」という疑問を持たれるケースも想定される。 しかし、センシティブな個人情報なので、できれば知財部内でもDBとして持ちたくは無い、というジレンマがある。 個人情報を厳重に管理することを前提に知財部が管理するか、それとも手間ではあるものの出願の度に人事部や発明者に問い合わせるかは、企業によっても方針が分かれるところかもしれない。 主要国のまとめリスト 最後に、日本と各国との発明者情報の必要性についてリスト化しておく。 参考として、米国における発明者の宣誓書に記載する事項も掲載する。 こうやって見比べてみると、日本は出願時に個人情報を求められない方に分類される国なのかもしれない。 国 国籍情報 住所 ID番号 日本 不要 必要 (会社住所可) 不要 中国 必要 不要 必要 韓国 必要 必要 (会社住所可) 不要 台湾 必要 不要 不要 米国 不要 必要(会社住所可)※ 不要 ※発明者の居住地も必要(会社住所不可)。ただし都市名を記載すれば足り、〇丁目〇番地などの記載は不要。

発明者が受け取る報奨金と確定申告の話

企業に勤める開発者は、社内の規定(職務発明規定)に基づき自身の発明に関して報奨金・補償金を受け取ることが多い。 このとき、これら報奨金は「雑所得」で支払われることが多く、1月1日~12月31日までに受け取った額が20万円を超えると発明者自身で確定申告をする必要が生じる。 発明者によっては、確定申告を避けるため、本来は今年中に出願できたはずの発明を翌年に回す者もいると聞く。 特許は早い者勝ちの側面が強いので、知財部員としては早めに出願したいのは山々なのだが。。。 それはさておき、受け取った報奨金・補償金毎に所得の区分、確定申告の必要性等について整理しておきたい。 (知財部員も稀に自身が発明者として名を連ねることもあり、他人ごとではないので) 出願時報奨金 出願時報奨金は、職務発明規定で企業が原始取得するか否かで状況が異なる。 職務発明規定により使用者が原始取得する場合 多くの企業ではこちらが該当するのではないかと思う。 この場合、出願時に支払われる「出願補償金」は、発明者から会社への権利移転の対価ではないため、譲渡所得にはならない。 所得区分:雑所得 源泉徴収:不要 確定申告:年間20万円超で必要 使用者が特許を受ける権利を承継する場合 発明者が有していた特許を受ける権利を、会社に譲渡する形で出願に至る場合、この対価は譲渡所得に該当する。 所得区分:譲渡所得 源泉徴収:不要 確定申告:原則として発明者が行う もっとも、近年はこの形態は少数派となりつつある。 登録時報奨金 特許登録時に支払われる登録時報奨金も、性質は出願時報奨金(原始取得ケース)と同様である。 所得区分:雑所得 源泉徴収:不要 確定申告:年間20万円超で必要 実績補償金(社内実施・ライセンス収入連動) 特許が社内で実施された場合や、第三者に実施許諾され、その実績に応じて支払われる補償金についても、結論は登録時報奨金と同じである。 所得区分:雑所得 源泉徴収:不要 確定申告:年間20万円超で必要 支給額が高額になりやすいため、確定申告漏れが生じやすい点には注意したい。 確定申告まとめ(職務発明規定で企業が原始取得する場合) 報奨金の殆どは雑所得に該当するが、出願時報奨金だけは以下の扱いとなる点に注意である。 職務発明規定により、使用者が特許を受ける権利を原始取得する場合:雑所得 原始取得でない場合:譲渡所得 1/1~12/31までの雑所得の受領額の合計が20万円を超えると発明者自身で確定申告が必要となるところ、譲渡所得の場合は20万円の中にカウントされないという点が、発明者にとって最も重要な実務ポイントとなる。 入社時に説明を受けたきりで中々見返すことがないかもしれないが、事前に職務発明規定はしっかりと確認しておきたい。 特許に至らない発明・工夫への報奨金 最後に、特許出願に至らないケースを整理しておく。 社内提案制度などにより、業務改善、品質向上、経費削減等に寄与した工夫・考案に対して支給される報奨金については、次のように区分される。 通常の職務の範囲内 所得区分:給与所得 年末調整の対象 原則として確定申告不要 通常の職務の範囲外(一時的支給) 所得区分:一時所得 特別控除(50万円)あり 条件次第で確定申告不要となる場合あり 通常の職務の範囲外(継続的支給) 所得区分:雑所得 年間20万円超で確定申告が必要 以前勤めていた会社では社内でノウハウ登録すると特許出願と同程度の報奨金が支払われていたが、その場合は給与所得としてカウントされていたんだな、と気付かされる。 ノウハウ登録は相対的に特許出願よりハードルが低く、それを利用していい小遣い稼ぎをしている開発部員もいたような… 貰える金額の序列は? これは完全に企業によって異なるので一概に言えないが、概ね 実績補償金>登録時報奨金>出願時奨励金>ノウハウ登録報奨金 という序列とする企業が多い印象である。 実績補償金に関しては、例えば主力製品のコア技術として特許が使われていればかなりの額を貰えることもあるので、企業によっては中々夢がある制度である。 しかし、発明者自身で実施を証明する資料をかき集めなければいけないことが多く、これが中々骨が折れる。 また補償金が一定金額を超える場合は、その特許に支払う価値があるのかを判断すべく、取締役も含めた審査会で承認を得る必要があったりと、高いハードルを設けている企業もあるであろう。 一方、登録時報奨金や出願時報奨金は、発明を成せば得られる可能性がそれなりに高く、数をこなせば研究開発部員にとってはそれなりのお小遣いになる。 以前勤めていた企業では、家族用の銀行口座とは別に口座を作って報奨金の振込先に指定する強者もいたほどである。 登録時報奨金は出願時報奨金よりも高額となることが多い印象だが、複数国に出願した場合だと、1国目が登録となったら2国目以降は報奨金は出さない、という運用を取っている場合もある。 気になった方は、是非一度社内の職務発明規定を確認してみると良いだろう。

著作権によるプログラムの保護と登録の必要性

ソフトウェアのプログラムは著作権によって保護され得ることは知っていたものの、知財部員として、その実務上の位置づけについて改めて整理しておきたいと考えた。 場合によっては、特許出願せずとも著作権で十分守れるケースもあるかもしれないので。 ここでは、特許権による保護との違いや、著作権登録制度がどのような場面で意味を持つのかについて、簡単にまとめてみる。 プログラムを特許権と著作権、どちらで保護するか プログラムは特許権と著作権いずれでも保護可能だが、保護手段として著作権のみとするのか、または特許権も取得して守るのかを選択できるよう、それぞれのメリットを整理しておく。 特許での保護によるメリット 特許性のあるプログラムであれば、もちろん特許権を取得する方が権利範囲は広い。 特許ならアルゴリズムといった技術的な要素が保護対象となる一方、著作権の場合はコードそのものを保護するに過ぎず、もしアルゴリズムが同じでもコーディングの表現が異なれば保護されないためである。 一方、侵害立証の際にはアルゴリズムよりもコードが同一である点を立証するほうが容易な場合もあるし、コピーによる海賊版を取り締まるなら著作権で十分という考え方もある。 著作権での保護によるメリット 特許権の取得には決して安くない費用(日本では、特許事務所を経由すると権利化まで100万円はかかるだろうか)を要するが、著作権なら日本では基本的に登録は不要であり、費用もかからない。 日本も加盟しているベルヌ条約では、著作権は創作と同時に発生すると規定しているためである。 また、著作権はベルヌ条約加盟国で保護されるため、日本以外でも保護される点も大きい。 特許権を外国で取得しようとすると、更に工数や費用が重くのしかかる。 著作権の登録手続きを行う意味 一般の著作権は文化庁で登録することができるが、プログラムの場合は一般社団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)が登録機関となる。 特許権ほどでないものの、登録には費用もかかる。 上述の通り著作権は登録せずとも発生するが、それならなぜわざわざ登録する必要があるのだろうか? 気になって調べてみると、大まかに理由が2つあるようである。 著作権を有することの証明を容易にする効果 著作権が発生するとは言っても、いつ、誰が創作したかを証明するのは意外と大変である。 もし自分が本当にオリジナルを創作したとしても、「貴方は本来の著作権者からデッドコピーをした者では?」と言われたら、どうやって証拠を出せばいいものか考えてしまうかもしれない。 このとき、著作権を登録しておくと、自分が正当な著作権者であることを容易に証明することができるというわけである。 第三者対抗要件の獲得(権利変動に関する) 著作権の権利に動きがある場合は、登録を要する。 具体的には、著作権の移転、質権設定、譲渡担保、信託といった登録により、第三者対抗要件を獲得することとなる。 この辺りは、特許権に近い運用かと思う。 委託契約で著作権帰属の記載があれば第三者対抗要件を獲得? 著作権法第17条第1項によれば、著作権は著作物を創作したものに帰属する。 一方、開発委託契約では、委託先が作成した成果物であっても委託元に著作権を帰属させる旨を記載することが多い。 著作権法第17条第1項は強行法規のため、実際は著作権はいったん委託先に著作権が原始帰属して、その直後に契約に基づいて委託元へ著作権が譲渡されるものと読み替えられる。 この場合、瞬間的に著作権の移転(譲渡)が発生することとなるが、契約書上で「著作権は委託元帰属」と書いてあれば著作権の登録は不要だろうか? 結論としては、この場合は登録が無いと第三者対抗要件は満たさないこととなる。 これを踏まえると、理想的には全ての成果物の著作権を登録すべきではあろうが、開発委託の度にそうするのは現実的ではないし、実際に登録しているといったケースも少なくとも周りでは聞いたことがない。 そのため、実務上は、委託元が希望した場合は委託先が著作権登録を行う協力義務を契約書で定めておくに留まるのではないかと思う。 契約書のひな型にも、そのような文言を忍ばせている企業は多いのではないだろうか。 外国で著作権登録が必要となるケース 米国で生じた著作権については、侵害訴訟を起こすのに登録が必要とされている。 ただし、ベルヌ条約違反とならないよう、外国で生じた著作権に関しては登録は義務付けていない。 したがって、日本で創作されたものなら、侵害訴訟の提起に登録は不要である。 その他、中国でも訴訟前に権利帰属証明として登録証が必要となる。 しかし、自分の経験ではこれまで著作権で訴訟を起こしたり起こされたケースに遭遇したことが無い。 登録するとコードも公開されてしまうのか? プログラムコードは開示されないことも多いが、著作権登録によって公開されてしまうのでは?という懸念があるかと思う。 しかし、著作権登録の場合はプログラムのコードも提出するものの、さすがにコード自体は公開の対象外である。 登録時に提出したコードは、裁判所から提出命令あったときのみ開示されるという扱いである。

商標権を侵害されたときの実務対応

第三者による商標権侵害が疑われる事案では、特許と比べてネーミングやデザインへの思い入れが強いためか、結構感情的な対応となることが多いと聞く。 しかし、当事者になった場合は法的整理と実務的判断を踏まえた冷静な対応を取りたいところである。 特に、相手方との関係性や自社ブランドへの影響を考慮すると、「どこまで権利行使を行うか」という判断は一律ではない。 警告書送付をはじめとする基本的な検討内容は以下の記事に触れている通りだが、本記事では、商標権で特に留意すべき実務的な対応の考え方を整理する。 特許権を侵害された場合の解決ルートと警告書実務 特許侵害が疑われる場面では、いきなり訴訟という選択肢だけが存在するわけではない。 (ごく稀にいきなり訴訟する相手もいるらしいが、幸い筆者は... 商標権侵害と不正競争行為 ご存じの通り、商標権侵害とは、登録された商標と同一・類似のものを、指定商品・サービス(役務)の範囲で無断使用する行為を指す。 一方、自分も実務を行う前は見逃しがちであったが、商標の使用態様によっては、商標権侵害に該当するだけでなく、不正競争防止法上の不正競争行為にも該当する場合がある。 よって、警告書を送付する際は、商標権侵害の主張に加えて、不正競争行為に該当する旨を併記するのが実務上有効である。 とにかく言えそうなことは言っておけ、ということである。 不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為) 商標登録の有無にかかわらず成立し得る点が特徴であり、登録範囲外の使用態様に対する補完的な主張として有効な場合がある。 成立要件 自己の商品等表示として他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用していること 当該他人の商品等表示が周知であること 他人の商品又は営業と混同を生じさせること 不正競争防止法2条1項2号(著名表示冒用行為) 1号とは異なり混同の有無は不要であり、著名ブランドの場合には強力な権利行使手段となる。 ただ、著名であるには全国的に知られている必要があるなど、結構ハードルは高め。 成立要件 自己の商品等表示として他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用していること 当該他人の商品等表示が著名であること 自社に及ぶリスクを踏まえた警告書の書き方 ところで、商標の場合は「商標的使用に該当するのか?」という点や、類似性が微妙なケースがある。 また、こちらが過度な主張を行うことにより、却って自社商標の有効性に疑義が生じてしまうというリスクも伴う。 特許のように無効審判を請求されるだけでなく、自身の使用状況(継続して3年以上日本国内で登録商標を使用していない、品質誤認・出所混同を生ずる恐れがある使用を故意にした、等)によっては、 不使用取消審判(商標法50条) 不正使用取消審判(商標法51条、52条の2、53条、53条の2) によって商標が取り消される可能性があるわけである。 こういった懸念が強い場合は、警告書は送付するものの、その中身はマイルドにするという選択肢もあるかと思う。 具体的には、警告書の内容を以下のようにすることが考えられる。 今後の使用を差し控えてほしい旨を記載する 相手方に回答を求めない 弁護士名義ではなく、商標権者名義で送付する 「警告書」というタイトルは高圧的にも聞こえるため、「情報提供」「検討依頼」「通告書」といった表現とする このような場合であれば、内容証明郵便を用いないのが通常である。

知財権の侵害の警告書を受け取ったときに対応すべきこと

特許侵害を理由とする警告書は、ある日突然届く。 「当社の特許権を侵害している」「直ちに使用を停止しろ」「損害賠償を請求する」「誠意ある対応が無い場合には法的措置をとる」といった内容に面食らうかと思う。 しかも、相手方は知財部長の連絡先を知らないことが多いためか、その通知を最初に受けるのは社長だったりするわけで、偉い人から「何か侵害の通知が来たけど、うちは大丈夫なんだろうな?」と言われることを想像すると、肝が冷える思いである。 そんな形で届いた警告書に対しては「対応しない」ことも含めて対応方法は自由ではあるが、場合によっては裁判となり、多くの時間、費用を要する上、最悪製品を販売できなくなる可能性もある。 和解金を払うのも嫌だが、販売中止だけは何としても避けたいと思うのではないだろうか。 こういった事態を避けるため、弁理士・弁護士(顧問契約をしている弁理士等のほか、例えば日本弁理士会への無料相談も可)に相談の上、警告書の内容を見定めつつ、誠意ある対応を行うことが求められる。 ちなみに、特許権を侵害された場合に関しては、別の記事で述べているので適宜参考にしてみてほしい。 特許権を侵害された場合の解決ルートと警告書実務 特許侵害が疑われる場面では、いきなり訴訟という選択肢だけが存在するわけではない。 (ごく稀にいきなり訴訟する相手もいるらしいが、幸い筆者は... 警告書は誰から来たか 警告書の差出人は、主に次の三者に分かれる。 特許権者本人 弁理士 弁護士 一般に、弁護士名義の警告書は本気度が高いと受け止められることが多い。 弁護士からわざわざ差し出してくるということは、訴訟対応を前提とした体制が既に整っている可能性があるわけで、無視や安易な対応はリスクが大きい。 回答しないという選択のリスク 警告書に対して回答しない場合だが、言うまでもなく民事裁判を起こされる可能性が高まる。 特に、 回答期限が明記されている 弁護士名義である 侵害態様が具体的に記載されている といったケースでは、無回答=交渉拒否と受け取られやすい。 警告書によっては交渉の提案を促す内容が記載されていることもあるが、その場合はライセンス契約や和解による早期解決を希望している可能性が高い。 その場合も、まずは何らかの回答をすることが無難である。 レアケースではあるかもしれないが、警告書の内容が情報提供としての側面が強く、相手側から特に回答を求められていないのであれば、必ずしも反応する必要は無い場合もある。 警告書の内容検討 知財権の侵害の警告は、権利者の主観的判断に基づくことも多く、誤用や濫用の可能性もある。 そのため、警告を受けた場合は、直ちに以下の内容を検討・調査し、冷静に対応することが重要である。 知財権が有効に存在するか、正当な権利者からの警告かの確認 自社の行為が、相手方の知的財産権の効力範囲に含まれるかを検討 自社製品が特許発明の技術的範囲に属するか(禁反言の存否も) 使用している標章が、登録商標と同一又は類似であり、かつ、指定商品・指定役務と同一又は類似か、など 必要に応じて、特許庁の判定制度や弁理士による鑑定を活用 その他、先使用等による実施権があるか、特許権・商標権の効力の及ばない範囲の実施(特許法第69条、商標法第26条)に相当するか、などの検討 相手方の知的財産権の効力範囲に含まれると判断した場合は、実施行為を中止して故意責任を問われないようにする 回答に向けた準備 訴訟への備え 鑑定書などの証拠の準備 自社の知財権に関する準備(クロスライセンス用特許の有無確認、商標登録出願など) 不使用取消審判の請求(商標の場合) 判定請求、侵害不存在確認訴訟の提起 誰が回答するか 回答書の名義も重要な判断ポイントになる。 相手が弁護士であれば、こちらも弁護士名義で対応することで、交渉の土俵を揃える意味がある。 一方、技術的な争点が中心であれば、(自社がバックアップするのは当然として)弁理士が前面に立つケースも少なくない。 回答内容の考え方 「ゼロ回答(実質的な無回答)」は、無回答と同じ覚悟が必要になる。 一方、何らかの譲歩や交渉意思を示すだけで、交渉による解決の可能性は大きく残るのではないだろうか。 主に以下のような要素が回答書に盛り込まれることが多いかと思う。 認否・回答・求釈明 警告内容をどこまで認めるか 警告書の意味や根拠について釈明を求めるか 否認・抗弁 特許等の無効理由の主張 無効審判請求の示唆または実施 民事裁判において、無効理由の存在による権利行使制限を主張(特許法第104条の3、商標法第39条など) 交渉による解決の余地 交渉に応じる意思があるか 紛争の早期解決を目指す姿勢を示すか 譲歩・交渉内容の検討 製造・販売の中止 設計変更を行う 完全に中止する 在庫品の扱い(即時廃棄、一定期間後の廃棄など) 過去の販売分に関する損害賠償の扱い ライセンスの希望 一方向ライセンス クロスライセンス 相手方への提案 条件付きでの権利不行使の合意 損害賠償の免除 在庫の売り切りの承諾 段階的な使用変更の承諾 なお、確認書の確認・検討には時間を要するところ、相手方が設定した回答期限(例えば、2週間以内程度)に間に合いそうになければ回答期限を延ばしてもらうよう依頼することは十分考えられる。 とにかく、期限までに「回答期限の延長希望」含めた何らかのリアクションをすることが大事となる。 交渉解決と合意書 交渉によって解決する場合、一部の例外(完全中止+廃棄証明書提出+損害賠償請求なし)を除き、合意書を取り交わすのが通常となる。 名称は、「合意書」「確認書」「和解書」「覚書」など様々だが、法的な意味合いはほぼ同じである。 合意書に盛り込むべき内容 最低限、次の事項は明確にしておきたい。 当事者の特定 対象となる権利および被疑侵害製品等 合意内容(各義務には期限を設けること) 製造・販売等の中止 損害賠償金の支払 設計変更の実施 各義務の期限 各義務に期限を明記しなければ、実効性のない合意になりかねない。 せっかく合意してもそれを守らない場合は相手方からの最終手段として訴訟提起の可能性があるため、こちらが遵守すべき事項には細心の注意を払っておくべきである。

特許権を侵害された場合の解決ルートと警告書実務

特許侵害が疑われる場面では、いきなり訴訟という選択肢だけが存在するわけではない。 (ごく稀にいきなり訴訟する相手もいるらしいが、幸い筆者はまだそんな相手と遭遇したことは無い) 侵害された事案の性質はもちろんのこと、相手方の規模や態度などを踏まえ、どのルートで解決を図るかを戦略的に選択する必要がある。 本記事では、特許侵害紛争の主な解決ルートを整理したうえで、実務上では比較的活用の場面があるであろう警告書の送付について情報をまとめる。 特許侵害紛争の主な解決ルート 特許侵害紛争の解決方法としては、以下の選択肢が挙げられる。 交渉による解決 裁判外紛争解決手続(ADR) 知財調停 民事裁判による解決 本訴(差止請求、損害賠償請求等) 仮処分(差止仮処分など) 刑事告訴(故意による侵害行為であることが必要) 中でも当事者間の交渉による解決は、(相手方が誠実に対応することが前提であるものの)早期解決の可能性があり、最も柔軟でコストを抑えやすい手段でもある。 また、紛争の存在や内容が外部に知られにくい点もメリットである。 したがって、まずは交渉可能性を探るべく、被疑侵害者に警告書を送って様子を見るところから始めることが殆どではないだろうか。 警告書送付にあたっての基本的な考え方 以下、警告書の送付に関する留意点をまとめる。 どこまで争うかを事前に決めておく 警告書は、単なる「注意喚起」ではなく、権利行使の第一歩となる。 警告書を送付する前には、交渉決裂後にどこまで進めるのか(訴訟まで行くのか)までの道筋を事前に想定しておきたい。 もしまだそこまで考えていなければ、いったん警告書の送付はストップである。 特許侵害で注意すべき点の1つとして、権利行使を契機に相手方から無効審判を請求され、特許権自体が失われるというリスクがある。 「とりあえず送って、相手の出方を見てからゼロベースで考える」という姿勢は、結果として想定以上の費用負担を招くことがあるので避けておきたい。 警告書の送付方法と名義 警告書は、証拠を残す観点から内容証明郵便による送付が一般的である。 また、特許権者本人名、弁理士名、弁護士名のうち、誰の名義で送付するかも検討事項となる。 名義によって、相手方が受ける心理的インパクトや、その後の対応が変わることも少なくないからである。 やはり弁護士から送られると無視するのは抵抗があるだろうし、特許権者本人からであれば「交渉の余地あり」「まだ穏便にすませられそう」という意識が働くであろう。 警告書送付後の対応方針 警告書送付後の相手方の反応に応じて、次の対応を判断する。 何らかの譲歩や交渉意思が示された場合であれば交渉による解決を検討するだろうし、返信なし、またはゼロ回答の場合であれば、事前に決めた方針に従い、次の法的手段を含め、相応の判断を行うこととなる。 なお、1往復目は内容証明郵便とするのが通常だが、その後も必ず内容証明にするかどうかは事案によって異なる。 ただ、電子メールは原則として不適切と考えられる。 警告書に記載すべき主な内容 警告書には、主に以下のような内容を記載することが多い。 なお、警告書というタイトルは高圧的にも聞こえるため、「情報提供」「検討依頼」「通告書」といった表現とすることもあり得る。 当事者 行使する権利(例:特許登録○○○○○○号) 被疑侵害製品等 侵害の指摘 被疑侵害者の行為が、どのように特許権を侵害しているのかを指摘する。訴状ほどの厳密な構成は不要だが、ある程度具体的な対比を記載すべき場合もある。 被疑侵害者に対する要求事項 使用の中止を求めるか、それともライセンス料の支払いを求めるのか 損害賠償を求めるのか(その場合はいくら求めるのか) 仕入れ先、販売数量、販売価格、販売先のリストの送付 解決に向けた提案があれば行うことを求める記載 回答期限 被疑侵害者の検討時間を考慮し、2週間程度設けることが多い。3日など、あまりに短い期間の指定は却って不適切。 被疑侵害者の対応・回答を促すため、回答や誠意ある対応が無い場合には法的措置をとる旨を記載することが多い。 自社の連絡先 取引先への警告に関する注意点 被疑侵害者本人ではなく、その取引先に警告書を送付する行為は、不正競争防止法上の問題を生じるリスクがある。 慎重な検討なしに行うべきではない。 おわりに 警告書は、特許侵害紛争における重要な分岐点となる。 送付そのものが目的ではなく、最終的にどのような解決を目指すのかを明確にしたうえで、戦略的に位置付けることが重要である。 権利の強さ、相手方の態度、コストとリスクを冷静に見極めた対応が求められる。

知的財産紛争とADR(裁判外紛争解決手続)

知的財産に関する紛争の解決手段として、交渉の次の段階として思いつくのは「訴訟(裁判)」であろう。 訴訟は、交渉に非協力的な相手方に対し応訴を強制し、強制執行が可能という利点はあるが、とにかく解決までに時間と費用がかかる。 また原則公開であり、技術情報や紛争内容が開示される点もデメリットとなる。 ここで、訴訟に代わる選択肢としてADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続) が挙げられる。 日本では、日本知的財産仲裁センターなどがADRを実施しており、知財分野に特化した紛争解決の場として利用されている。 ADRとは? ADRとは、訴訟によらず、中立な第三者が関与して民事上の紛争を解決する手続である。 代表的なものとして「調停」と「仲裁」がある。 調停とは何か 調停とは、第三者が当事者間に入り、解決案を提示することで紛争解決を図る手続である。 当事者は、その案に同意すれば解決となり、気に入らなければ拒否することもできる。 従来、調停調書には強制執行力が無かったのだが、令和6年4月1日のADR法改正により、調停での和解に「民事執行をすることができる旨の合意」を含めた場合には、強制執行が可能となった。 この改正により、調停は「柔軟だが実効性に乏しい手続」から、「実効性を備えた紛争解決手段」へと大きく前進したといえる。 調停のメリット 知財調停では、迅速な解決を目指し原則3回の調停期日で紛争解決を図る。 このため、簡易かつ迅速に解決できる可能性がある。 また、請求内容や争点の範囲を当事者が調整でき、途中で調停を取り下げて交渉へ回帰するといった柔軟な対応も可能である。 更に、裁判官、弁護士、弁理士からなる調停委員会で処理されることから、専門性も期待できる。 知財調停に適した事案、適さない事案 知財調停は、以下のような比較的論点が明確となっている事案に適している。 交渉中に生じた紛争 過度に複雑でない紛争 争点が特定されており、双方が話し合いによる解決を希望している場合 具体例としては、次のようなものが挙げられる。 特許権侵害の有無 特許権の帰属 商標の類否 著作権侵害の有無 ライセンス料の額の争い 侵害による損害額の争い 一方、特許権の無効主張があり、審理・判断に時間を要するなど、争点が多くて事案が複雑な場合には適さない。 また、激しい交渉等を経て既に当事者間の信頼関係が失われている場合も、調停による解決は難しいと思われる。 これらの場合には、残念ながら訴訟や仮処分といった強制力のある手段を検討する可能性が出てくる。 仲裁とは何か 仲裁とは、当事者間の合意に基づき、第三者(仲裁人)が紛争について判断を下し、その判断に当事者が従うことで解決する手続である。 仲裁判断には、裁判の判決と同様の強制力が認められ、仲裁合意が成立すると、その紛争について裁判を受けることはできなくなる。 また上訴に相当する制度がなく、仲裁判断に不服申立てはできない。 このように、仲裁は最終的・確定的な解決をもたらす一方で、判断を覆す手段が存在しないという一発勝負のような側面がある。 そのため、実務上は仲裁よりも調停の利用が圧倒的に多い。 非公開性という共通のメリット 調停・仲裁は、いずれも非公開で行われる。 技術情報、契約条件、ライセンス料など、外部に知られたくない情報を扱う知財紛争において、非公開性は極めて重要なメリットである。 例えば訴訟まで行くと、相手方のHPには掲載されるわ、裁判例として掲載されるわ、ネット記事に掲載されるわで、裁判に負けようものならレピュテーションリスクが非常に大きい。 珍しい判例となれば、ひょっとしたら書籍に掲載されたり、弁理士研修で講師が題材に取り上げたりするかもしれない(それは気にしすぎかもしれないが)。 おわりに 知的財産紛争の解決において、「訴訟かADRか」は二者択一ではない。 紛争の性質、スピード感、相手方との関係性、求める解決内容に応じて、適切な手段を選択することが重要である。 特に知財調停は、専門性・非公開性・柔軟性を兼ね備えた有力な選択肢となり得る。 もっとも、相手方がある程度協力的な場合に限られるかもしれないが…