委託業務で知財を召し上げるときのリスク検討

委託業務において、成果物に係る特許権・著作権等の知財権を委託元が取得する場面は多い。 権利を取得すること自体は別に良いのだが、その召し上げ方や交渉過程によっては、以下の関連法令上問題となる可能性がある。 優越的地位の濫用(独禁法2条9項) 不当な経済上の利益の提供要請(取適法5条2項2号) 以下、受託者からの知財権取得に関する基本的な考え方を整理してみたい。 優越的地位の濫用 独占禁止法では、取引上「優越的地位」にある事業者が、その地位を利用して「濫用行為」をすることを禁止している。 優越的地位の要件 優越的地位とは、取引を打ち切られると相手方の事業運営に重大な支障が生じるため、こちらが相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても受け入れざるを得ない状態を指す。 自分から見たとき、「相手が自分と取引する際の依存度」「自らの市場における地位」「相手にとっての取引先変更の容易性」「自分と取引することの必要性」等を総合考慮するとされているが、後述の通り重要なのは「濫用行為」があったかどうかである。 濫用行為の判断基準 濫用行為とは、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為のことを指す。 濫用行為に該当するかは、以下の点を考慮する。 相手方にあらかじめ計算できない不利益かどうか 直接の利益を勘案し合理的範囲を超えた負担かどうか 事前に不利益が分からないくらい雑な交渉で条件が決まっていたり、あらかじめ計算できたとしても経済的合理性を超えた負担を強いられる場合は濫用行為となる。 大事なのは、濫用行為があったかどうか 上記の通り、形式的には優越ガイドラインでは 優越的地位の有無 濫用行為の有無 が要件となっている。 だが公正取引委員会の審査実務では、「濫用行為があったのに経済合理性の無い要求を飲んでいるなら、優先的地位はあったよね?」との推認がなされている。 つまり、濫用行為が認定されれば、優越的地位もあったと推認されるということである。 濫用行為の有無を把握せず、「優越的地位が無いからセーフでしょ」と判断するのは、リスキーと言わざるを得ない。 知財に関する濫用行為 では、情報成果物の知財権に関してどんな行為が濫用行為になるのか?というと、以下のような一方的な取り扱いが該当する(公正取引委員会のHPから引用しただけだが)。 情報成果物の権利の譲渡 本来は受託者に帰属する著作権・特許権等を、委託取引で作成されたことや費用負担を理由に、一方的に譲渡させること 二次利用収益の配分を条件に譲渡させたにもかかわらず、委託者が合理的理由なく二次利用を認めないこと 情報成果物の二次利用の制限等 委託者に権利がないのに、権利があると主張して二次利用条件や収益配分を一方的に決めること 費用負担等を理由に、受託者の二次利用を一方的に制限すること 二次利用収益を前提に委託したにもかかわらず、合理的理由なく二次利用を拒否すること 受託者が情報成果物を作成する過程で発生した取引対象外の成果物等の権利の譲渡及び二次利用の制限等 開発過程で生じた取引対象外の成果物や技術についても、委託者が上記1や2と同様の行為を行うこと 不当な経済上の利益の提供要請(取適法5条2項2号) 冒頭にも紹介の通り、独占禁止法のほか、取適法上問題となる行為についても取り上げておく。 取適法は資本金基準または従業員基準を満たす事業者間の取引を対象としており、11の禁止事項を掲げている点は以下の記事で紹介している通りである。 発注前の作業依頼や取引額の減額は常に問題? 2026年1月より、下請法(下請代金支払遅延等防止法)が取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律... 知財権に関する問題行為は、この11の禁止事項の1つの「不当な経済上の利益の提供要請」に該当する場合がある。 例えば、以下のような行為は、同号に該当する可能性がある。 受託者の知財権を、作成目的たる使用の範囲を超えて、無償で譲渡又は許諾させること 二次利用の制限や収益配分割合を一方的に決定すること 発注時に合意されていなかった知財権を含む技術資料を無償で提供させること 関連法に違反しないために 独禁法、取適法に違反しないためには、契約締結前に 委託者がどの範囲の知財権を取得するのか(成果物に関する知財権だけでなく、委託業務の過程で生じるものも含まれるのか) 受託者の二次利用をどこまで制限するのか を明示したうえで価格交渉を行うこと、そして合意した権利条件(知財権の譲渡等)を前提として見積額を提示してもらい、発注することが不可欠である。 ここでは、契約書に記載のない権利の追加要求をしないようにするのは勿論のこと、委託者と受託者との間に認識の齟齬があったが故に、契約上明確に整理されていなかった権利範囲について、後から一方的に拡張的解釈を主張するといった後出しジャンケンをしないことが重要となる。 「権利取得の範囲」と「対価」とはセットで設計することとなるので、仮に全ての知財権を受託者から召し上げるのであれば、先方からの価格要請にはある程度応じる必要も出てくるかと思う。

DockerとGPLライセンスの話

この記事では、たまにソフトウェア開発者から問い合わせのある「DockerとGPLライセンスの関係」について整理してみたいが、その前置きとして「Dockerって何なの?」という点を噛み砕いて説明しておきたい。 Dockerとは Dockerとは、ソフトウェアの実行環境をDockerイメージとしてパッケージ化して配布し、そのイメージから「コンテナ」と呼ばれる実行環境を起動できる仕組みである。 通常、ソフトウェアを動かすためには OS ライブラリ 依存パッケージ アプリケーション本体 といった複数の要素を正しくインストールする必要があるが、この環境構築はかなり面倒である。 OSが違う、依存パッケージが足りない、といった場合だけでなく、ライブラリのバージョンが違うといった理由でも動かないという問題が起きやすい。 Dockerは、この問題を解決するためにアプリケーションとその実行環境を丸ごとパッケージ化するというわけである。 ここで顧客への配布形態として登場するのが、DockerfileとDockerイメージという概念である。 Dockerfileとは Dockerfileとは、コンテナを作るための手順を記載したファイルである。 いわば「コンテナのレシピ」のようなものであり、どのOSを使い、どのパッケージをインストールし、どのアプリを配置するかを記述する。 Dockerfile自体は、あくまでビルド手順を記述したテキストファイルにすぎない。 Dockerイメージとは Dockerfileを実行して作成されるのがDockerイメージである。 Dockerイメージは、OS、ライブラリ、アプリケーション など(開発環境を含めたアプリケーション一式)を含んだ完成済みのソフトウェア環境である。 これを配布すれば、受け取った側は一から開発環境を整える必要なく「コンテナ」としてソフトウェアを動かすことができる。 このようにDockerは、ソフトウェア配布を非常に便利にする技術である。 しかしその一方で、GPLソフトウェアが含まれている場合のライセンス関係が問題になることがある。 以下では、DockerとGPLの関係を整理する。 DockerとGPLライセンスとの関係 DockerfileやDockerイメージを配布する場合、パッケージな中にGPLソフトウェアが含まれているとライセンス義務が発生するのではないか、という点が問題になる。 結論から言えば、以下の整理になる。 条件 GPL義務 Dockerfileのみを配布する場合 GPL義務は基本的に発生しない Dockerイメージを配布する場 GPLソフトと自社ソフトが単なる集積(aggregation) 自社ソフトの開示義務なし GPLソフトと自社ソフトがリンクして一体のプログラム 自社ソフトにもGPL義務が及ぶ可能性あり 以下、それぞれ説明する。 Dockerfileを配布するだけの場合 Dockerfileは、コンテナイメージを作成するためのビルド手順書にすぎない。 このDockerfileにはGPLプログラムそのものは含まれておらず、単に「ビルド時に取得する」という指示が書かれているだけである。 この場合、配布しているのはあくまでビルド手順であり、GPLプログラムそのものを配布しているわけではない。 したがって、通常はGPLのソースコード提供義務は発生しない。 Dockerイメージを配布する場合 一方、Dockerイメージをそのまま配布する場合は事情が異なる。 Dockerイメージは、内部にOS、ライブラリ、アプリケーションなどを含む実体のあるソフトウェアパッケージである。 そのため、配布物にGPLプログラムが含まれていれば、そのGPL部分についてはライセンス義務が発生する。 ただし、ここで重要になるのが 「単なる集積」かどうかである。 単なる集積の場合 例えば、Dockerイメージの中にGPLライセンスのLinuxツールと自社開発のアプリケーションが入っていたとしても、両者が独立して動作するだけなら、これはGPL上の「単なる集積」に該当する可能性が高い。 この場合、GPL部分のソースコード提供義務はあるが、自社のプロプリエタリコードを公開する必要はない、という整理になる。 リンクしている場合 問題になるのは、自社プログラムがGPLプログラムとリンクしている場合である。 この場合、そのプログラムはGPLソフトウェアの派生物と評価される可能性がある。 その結果、プログラム全体がGPLの条件に従う必要が生じ、自社プログラムのソースコードに対しても開示義務が発生する、というリスクが生じる。 ポイント Dockerイメージの配布の場合は通常のソフトウェア配布の判断と相違ないが、ポイントとなるのは、いわゆるレシピに相当するDockerfileのみの配布であれば、Dockerイメージ内にGPLソフトウェアを含んでもDockerイメージ内のソフトウェアのGPL義務を免れるという点である。 もちろん、Dockerfile自身にOSSライセンスが含まれれば、それに遵守する必要はあるが、それはDockerイメージ内のソフトウェアのライセンスは別問題である。

新しいタイプの商標

従来の商標は、文字・図形・記号やそれらの結合が中心であったが、ブランド表現の多様化に伴い、日本では段階的に新しいタイプの商標が導入されている。 具体的には、平成9年4月1日より「立体」、平成27年4月1日より「動き」「ホログラム」「色彩」「音」「位置」の商標についても権利化できることとなった。 文字等と比べて権利化を狙う機会は多くないかもしれないが、本記事では、これら商標の内容と、実務上のポイントを整理してみたい。 立体商標 商品の形状や建築物の外観など、立体的な形状そのものを商標として保護する制度である。 意匠登録も製品の形状について権利化できるが、意匠権は権利期間が出願日から25年(2020年3月31日以前の出願は「設定登録日から20年」)なのに対し、立体商標は費用を払えば半永久的に権利が維持される点が異なる。 また、意匠権では新規性、創作非容易性といった登録要件があるのに対し、立体商標では**使用による識別性の獲得(商標法3条2項)**が必要となる点も大きな違いである。 立体商標では、この識別性の獲得が難しく、商品の形状、外観といったものは、通常は機能や美観に由来するものと理解されやすく、原則として識別力が否定される。 そこで、まずは形状について先に意匠登録し、25年の権利期間の間にその形状について広く消費者に周知を図ることで、立体商標の登録の可能性が高めるという作戦が考えられる。 以下は登録事例であり、いずれも識別性ありと判断されたものとなる。 KFCのカーネル・サンダース像 コメダ珈琲の店舗外観 Honda「スーパーカブ」の車体形状 ヤクルトの容器形状 動き商標 文字や図形などが、時間の経過に伴って変化する商標であり、以下のようなものが動き商標となり得る。 テレビ広告・ネット広告における映像 映画開始時のオープニングロゴ 電光掲示板の表示方法 出願書類では、動きの経過に従って変化する様子を複数の図面で提出することが必要となる。 ホログラム商標 ホログラフィーその他の方法により、見る角度や条件に応じて文字や図形が変化する商標である。 クレジットカードのホログラム、模倣品対策として商品に貼付されるホログラムシールが該当する。 動き商標と同様、見る角度、温度などの条件に応じた変化を、複数図面で表現することを要する。 色彩のみからなる商標 単色または複数色の組合せのみから構成され、図形や文字を含まない商標である。 代表例としては、企業のコーポレートカラー、包装紙や広告看板に用いられる特定の配色が挙げられる。 色彩のみの場合、原則として識別力は否定されるため、使用による識別性の獲得がほぼ必須であるが、実際のところ登録率は極めて低い。 また、出願時における色彩特定には厳格性が要求され、単なる「赤」「青」といった抽象的記載は不可であって、表色系(例:RGBの配合率)または色見本帳番号の指定が必須となる。 複数色の場合は、需要者の印象に直結するため、各色の面積比率に関する記載は必須となる。 なお、2026/3/7時点で登録されているものは、以下が全てである(商品役務の情報は省略)。 単色のみからなる商標も登録対象ではあるものの、現時点では複数の色彩の組み合わせでの登録しか確認されておらず、単色での登録は非常に困難であることが予測される。 音のみからなる商標 音楽、音声、自然音など、聴覚によって認識される商標であり、電子機器や電気自動車の起動音が一例として挙げられる。 出願にはMP3形式の音声ファイル(CD-RまたはDVD-Rで提出)と、音を特定するための詳細な記載が必要となる。 審査においては、音商標を構成する音の要素及び言語的要素を総合して、商標全体として識別力があるか否かが検討される。 したがって、言語的要素に識別性あれば登録されるし、音の要素に識別性があっても登録される。 しかし、音の要素だけでは識別力なしと判断されることが多いようである。 位置商標 文字・図形・色彩などの標章を、商品や包装の特定の位置に付すこと自体を保護する商標である。 例えば、靴の底側に付されるマークや、包丁の柄の特定位置に表示される標章がこれに該当する。 願書への記載時は、図面または写真を用いるとともに、どの部分が商標を構成する標章であるかを特定することが求められる。 例えば、商標として保護したい標章部分を実線で表示しつつ、商品全体など、それ以外の部分を破線で表示する形態となる。 出願動向 以下、JplatPatで出願年毎の各商標の出願件数を調べたリストである。 商標タイプ 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年 立体 300 258 259 269 234 260 324 278 262 260 276 動き 81 37 10 25 23 17 22 18 28 24 20 ホログラム 14 3 0 2 1 0 0 1 0 0 7 色彩のみ 448 43 23 20 12 6 8 6 12 10 3 音のみ 365 133 81 52 37 23 23 20 22 31 21 位置 260 82 56 44 44 45 52 37 37 46 30 2015年の制度開始年には話題性も相まって出願件数は多かったが、近年は立体商標以外は件数が落ち着いているようである。 ...

商標登録出願のディスクレーム制度

つい最近、米国に行った商標登録出願に関して、ディスクレーム要求の通知があった。 あまり見慣れない通知ではあったが、制度が興味深かったので、備忘録として本記事でその概要をまとめておきたい。 商標のディスクレーム制度 ディスクレーム制度とは、商標の構成中に識別力の無い文字や図形等の要素が含まれている場合、その要素については出願人が独占排他的権利を要求しないことを宣言する制度である。 例えば、「〇〇 ✕✕」という結合商標であれば、全体として識別力があっても、「✕✕」の部分に識別力が無ければ、他人が「✕✕」の部分を使っても権利行使しない、というわけである。 かつて日本にも存在した制度なのだが、昭和34年に廃止となっている。 各国の採用状況 日本では廃止となったこの制度だが、各国を見渡すとディスクレームの採用国・不採用国が混在しているのが現状である。 採用国(法律で規定) 米国、カナダ、イギリス、デンマーク、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、香港、台湾、タイ、フィリピン、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、南アフリカ 採用国(実務で規定) 中国、アルゼンチン、インド、ベトナム 不採用国 日本、EUTM※、ドイツ、フランス、オーストリア、スイス、イタリア、韓国、シンガポール、インドネシア ※加盟国の国内法でディスクレームを採用しない国が多かったため、廃止 ディスクレームの対象 識別力のない部分にのみ認める国と、識別力の有無によらず認める国とがある。 ディスクレームの主体 審査官からのディスクレーム要求が可能な国もあれば、出願人の意思で自発的にディスクレームを宣言する事のみ可能な場合な国もある。 個人的にはディスクレーム制度が欲しい 上述の通り日本では廃止となっているが、個人的にはディスクレーム制度を復活してもらったほうが嬉しい。 例えば、結合商標「〇〇 ✕✕」を考えると、要素「✕✕」にいまいち識別力が無さそうでも、実際に「✕✕」に識別力があるかどうかが曖昧なまま結合商標「〇〇 ✕✕」登録されるという事態が生じる。 すると、「✕✕」についても分離観察によって類否判断されるリスクが生じるわけで、知財部としては「〇〇 ✕✕」だけでなく「✕✕」に関しても使用を控えるよう判断する必要が生じる。 そんなとき、商標権者による「✕✕」のディスクレームがあれば、こちらは余計な不安を持たずに「✕✕」を使用することができる。 ただ、審査段階で出願人が自発的にディスクレームすることはあまり考えづらいので、少なくとも審査官か第三者の情報提供による「✕✕」のディスクレーム要求を認める必要がありそうである。 願わくば審査官に判断してもらいたいところだが、ディスクレーム制度廃止の理由の一つが「要部の認定の審査上の困難性」であったことを踏まえると、にわかに制度復活させるのは難しいのかもしれない。 しかし、AIの発達が顕著な現在であれば、ある程度の識別力の有無の自動判定な可能かと思われるので、何とかならないものだろうか。

標準文字商標の有効性と限界

商標登録する際、登録対象が文字だけからなる場合であって、何か特別なフォントで権利要求しないときは「標準文字商標」として登録することができる。 この制度だが、標準文字として登録しておけばあらゆるフォントの同一文字に対して権利の効力が及ぶと思われることがある。 ある程度の書体変更があった同一文字に対してはその通りなのだが、あらゆるバリエーションに対して対抗できるわけではない。 標準文字商標に対する誤解 以下、特許庁の「標準文字の指定に関するQ&A」を抜粋する。 Q2-2 実際に使用をする文字書体が決まっている場合も、標準文字で出願したほうがよいですか。 A2-2 標準文字の商標の文字書体は、特許庁長官が定めた文字書体です。 使用する文字書体が決まっている場合は、標準文字でなく、その文字書体で商標登録出願することをお勧めします。 なお、標準文字で商標登録がなされた場合、その商標権の及ぶ範囲は、登録された商標(標準文字)と同一又は類似の範囲であり、通常の商標登録と比較してその範囲の広狭に差異はありません。 上記から読み取れるように、標準文字として登録しても、特別にその権利範囲が広くなるものではない。 標準文字の文字商標と、フォント変更があった文字商標とは、外観・称呼・観念のいずれも共通することから、通常は、フォント変更があった文字商標に対しても権利侵害を問うことは可能かと思われる。 一方、通常とはかけ離れたデザイン性の高いフォントが用いられていたり、図形も含めたロゴとして使用された文字商標に対しては、外観が共通しないこと等を理由に権利範囲が及ばない、すなわち他社による使用を排除できない可能性がある。 例えば、「実務者のための知財法務」という標準文字商標が登録されていたとき、以下の画像のようなロゴの使用まで権利侵害を問えるか?というと、判断が分かれてきそうである。 このロゴを使いたいかという問題はとりあえず置いておく したがって、もし自社でそのようなロゴとして使用することが決まっているのであれば、そのロゴ自体を商標登録すべきである。 更に、通常の文字としての使用も想定されるのであれば、標準文字商標としても登録しておけば万全である。 不使用取消審判による取消リスクは? 商標登録されてから3年以上日本国内で一度も使用されていない商標登録については、誰でも特許庁に対して取り消しを求めることができる。 ここで、標準文字の商標とフォントが異なる文字だけを使用していた場合は、どうなるだろうか? この場合だが、登録商標そのもののみだけでなく、登録商標と「社会通念上同一」と認められる商標を使用している場合にも,登録商標の使用と認められて取消を免れることができる(商標法38条5項、50条1項)。 「社会通念上同一」と認められる商標は、商標法38条5項に以下が例示されている。 書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標 平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標 外観において同視される図形からなる商標 書体(フォント)が異なっているだけの商標を使っているなら社会通念上同一と認められるが、普通のフォントとはだいぶ異なるデザイン性の高い文字で使用していたり、図形が追加された状態で使用している場合は、社会通念上同一とまではいえず、標準文字の商標登録が取り消される可能性はある。 その場合はロゴとして商標登録しておけば、ロゴのみの使用であっても取消は免れることができる。 ###標準文字商標その他 以下はおまけだが、特許庁に記載されている必要な手続きや、標準文字として認められない例を関連情報として挙げておく。 標準文字商標とするための手続き 願書作成にあたって、標準文字のみによって商標登録を受けようとするときは、「【商標登録を受けようとする商標】」の欄の次に「【標準文字】」の欄を設けることが必要となる。 標準文字として認められない例 以下は特許庁に記載された標準文字として認められない例示群となる。 図形のみの商標、図形と文字の結合商標 特許庁長官の指定文字以外の文字を含む商標 文字数の制限30文字を超える文字数(スペースも文字数に加える。)からなる商標 縦書きの商標、2段以上の構成からなる商標 ポイントの異なる文字を含む商標 色彩を付した商標 文字の一部が図形的に、又は異なる書体で記載されている商標 花文字など特殊文字、草書体など特殊書体で記載された商標 スペースの連続を含む商標

知財保証を受け入れるリスクと実務上の落としどころ

製品売買契約において争点となりやすい条項の一つが「知財保証」である。 知財保証は、第三者の特許権等を侵害しないことを売主が保証するものである。 もし侵害紛争が生じた場合、訴訟対応、和解金、設計変更など、多大なコストと労力を売主が負担する可能性があるため、売主としては知財保証は可能な限り回避したいだろう。 しかし、知財保証を一切行わない姿勢を貫くと、リスクを嫌う買主側が「じゃあ他を当たりますわ」となり、そもそも製品の売買が成立しない事態となることもあり得る。 特に、買主が大企業である場合や、製品が事業の中核を担う場合には、売主に一定の知財保証を求めるのが一般的である。 このため、売主が積極的に製品を売り込む局面では、知財保証を「せざるを得ない」状況が生じる。 とはいえ、売主の立場で、少しでもリスクを減らせる手当てはできないものか? 免責事項の設定 知財保証せざるを得ない場合でも、何でも保証するのは売主側の負担が過多となることから、実務上は次のような免責事項を設ける場合がある。 買主の指示した設計・仕様等に起因する場合 製品が第三者特許等を侵害した原因が、買主の指示した設計や仕様にある場合には、売主に全責任を負わせるのは不合理である。 そのため、この場合は知財保証の対象外とすることが多い。 売主の責めによらない付加・変更に起因する場合 納品後に買主側で製品に改造や追加を行い、それによって侵害が生じた場合も、それは売主の知るところではないので売主の責任としないのが通常である。 「買主の指示」か「売主の裁量」か 上記取り決めの際の問題となりやすいのが、1の「買主の指示」に該当するか否かである。 形式上は買主の指示に見えても、ある程度の技術的手段の選択を売主に委ねられていたのなら、それは買主の指示でなく、売主の裁量と判断される可能性がある。 そして、契約書上「設計・仕様は買主が決定する」と定めたとしても、すべてを明確に線引きすることは難しい。 結果として、設計・仕様の決定に対する寄与の度合いに応じて、売主と買主の責任範囲を按分する考え方が採られることもある。 もっとも、実際には、こうした責任分担はどちらが取引の継続を望んでいるのかといった企業間のパワーバランスによって左右される場面も少なくない。 更なる保証範囲の限定 知財保証の範囲として、更に以下の観点で限定することを検討しても良い。 補償の対象となる損害賠償額に上限を設ける(例:契約金額を上限とする) 故意または重過失がある場合に限定して補償責任を負う 間接損害や逸失利益を補償対象外とする これらは、知財保証そのものを否定するものではなく、リスクを「管理可能な範囲」に収めるための現実的な調整といえる。 損害軽減義務の位置づけ 知財の侵害紛争が発生した場合、買主側にも損害軽減義務が適用される、という考え方もある。 例えば、 売主と協議せずに高額な和解をしてしまう 交渉時の担当として、非常に高額な弁護士を選んでしまう 回避設計が可能であるにもかかわらず放置する といった行為まで売主が無制限に負担するのは不合理だから、ちゃんと買主も努力して、という考え方である。 これは特許法や民法に条文として規定はされていないのだが、債務不履行が生じた際の損害賠償賠責任の範囲や金額を決める上で考慮され得る。 特許侵害とは異なるが、損害軽減義務を認めた裁判例(最高裁判所平成21年1月19日判決)も存在する。 「知財保証しない」という選択肢もあり とはいえ、自社で製品を積極的に売り込む立場でなく、知財保証リスクを許容できないのであれば、利用規約で「第三者の権利を侵害しないことについて、如何なる保証を行うものではない」と言い切ってしまうのも一案である。 そして、「当社の製品を利用してもらうには利用規約への同意を前提としており、個別の契約締結については対応しかねる」というスタンスを取るわけである。 特に、多くの顧客に提供するソフトウェア等であれば、このような対応をするのが現実的ではないかと思う。 また、特許等は保証しないが、著作権については保証する(依拠性が無いと著作権侵害は認められないという考え方。それでもリスクが無いわけではないが)という考え方もある。 おわりに 知財保証は売主にとって避けたい条項である一方、ビジネスを前に進めるためには受け入れざるを得ない局面もあろうかと思う。 ただそんな状況でも、リスク軽減策として、上記の通り免責事項を設けたり保証範囲を狭めるよう交渉することが考えられる。 知財保証に限らないが、契約交渉は事業活動のブロッカーとなることがあるため、どこまで相手方と交渉するのかは事前に事業部と足並みを揃えておきたいところである。

特許権侵害訴訟で補助参加すべき?

特許権侵害訴訟では、補助参加という制度がある。 訴訟の当事者ではない第三者が、当事者の一方を補助する目的で訴訟に参加できる制度である(民事訴訟法42条以下)。 例えば、完成品メーカーがその中に用いられている部品に関する特許権侵害を訴えられた場合、部品メーカーが訴訟でバックアップするようなケースである。 完成品メーカーが大事な顧客であれば、部品メーカーは補助参加すべきとも思われるが、負担などを考慮するとどうすべきか?という点について考察したい。 想定事例(A社、B社、C社) 典型的な構図として、次のような関係を想定する。 A社:部品メーカー B社:A社から部品供給を受ける完成品メーカー C社:特許権者 問題となるC社保有の特許は、A社が供給する「部品」に関するものとする。 この場合、特許侵害品は部品にあるにもかかわらず、C社がA社ではなくB社を被告として訴えることは珍しくない。 理由は単純で、販売価格が高額となる完成品を扱うB社を訴えた方が、損害賠償額や和解金が高額となることを期待できるからである。 B社が被告となった場合のA社の立場 B社がC社から特許権侵害で訴えられた場合、A社は法律上「補助参加人」となる余地がある。 仮にB社が敗訴すると、その後A社はB社から特許侵害品の供給者として損害賠償の訴えを提起される可能性があるが、それを未然に防ぐためにA社がB社を補助するというわけである。 しかし、A社としては必ずしも補助参加に積極的ではない場合がある。 補助参加をすると、敗訴時に「利害関係人」としてB社に対する補償責任(損害賠償や和解金の負担)を事実上引き受けるリスクが顕在化するからである。 一方、顧客であるB社との関係性を悪化させたくなければ、全く対応しないわけにもいかない。 特に、問題となっている部品のことを最も理解しているのがA社である以上、実質的な防御はA社抜きでは成り立たないことが多い。 A社が補助参加人とならずにB社を補助する方法 上記のようなジレンマの中で、実務上よく採られるのが次の対応である。 A社が弁護士を選任する その弁護士について、B社が正式に委任状を出す B社自身も、別途、自社選任の弁護士を立てる こうすると、形式上の被告はあくまでB社であり、A社は補助参加人としては前面に出ない。 しかし、実質的な弁護活動はA社選任の弁護士が担うというわけである。 A社選任の弁護士は、問題の部品や技術内容を深く理解しており、非侵害論や無効論の構築において中心的な役割を果たす。 一方、B社側の弁護士は、訴訟全体の進行管理や、A社側弁護士が適切に対応しているかの「監視役」に近い立場となることが多い。 弁護士費用とその調整 上記のように、A社が実質的に補助する体制を取る場合、B社が負担した弁護士費用はA社が実質的に負担する取り決めがされることが多い。 このとき、A社は自ら選任した弁護士費用はともかく、B社が選任した弁護士の費用がどれだけ高額となるのか予測できない点が問題となる。 A社としては、単価が不明であるB社選任弁護士のタイムチャージが膨らむ事態は避けたい。 そこで、 主たる弁護活動はA社選任弁護士が行う B社選任弁護士の稼働は最小限に抑える といった運用が、事前の合意や暗黙の了解として形成されることが多い。 補助参加は「しない」判断も戦略 このように、特許権侵害訴訟において、形式上の当事者と、実質的に訴訟を動かしている主体が一致しない場面は多い。 やけに被告側に弁護士が多く並ぶことがあるのは、その背後にサプライチェーン上の力学と、補助参加を巡る微妙な判断が存在していることが多い。 もちろん、グループ会社のような深い繋がりがあれば、補助参加するケースもあるかと思う。 一方、リスク管理の観点からは、弁護士を通じて完成品メーカーの訴訟支援はしつつも、補助参加しないという選択をするのは一案ではないかと思う。

秘密保持義務違反された場合の現実的な対応

秘密保持契約(NDA)を締結したり、委託契約等で秘密保持条項を設けていたとしても、残念ながら情報漏えいが起きるときは起きる。 筆者も、以前勤めていた企業で秘密情報を取引先に勝手に論文に掲載されてしまったことがあり、そのときの技術部長の怒り具合は大変なものであった。 相手方から漏えいされてしまった場合だか、法的には損害賠償請求が可能であるものの、実務上は金銭的解決が機能しにくい場面が殆どではないかと思う。 「なら相手に何を要求出来るんだ」という話になると思うので、秘密保持違反が発生した場合に企業として取り得る現実的な対応を考えてみたい。 なぜ損害賠償請求は難しいのか 秘密保持違反に対しては、契約違反として損害賠償請求を行うことが可能である。 しかし実務上は以下の点が障害となる。 秘密情報の漏えいによる損害額の立証が困難 逸失利益や超過利益の算定が現実的でない 情報が市場に流通した後は、損害範囲が不明確になりやすい 取引関係の維持を考慮すると訴訟に踏み切りにくい 結果として、「法的には可能だが実行しにくい」手段になりがちである。 仮にNDAに損害賠償の範囲や算定方法を規定しても、結局は損契約違反と損害発生との間の因果関係や、損害の額の立証が難しい。 また「違反があった場合には●●万円を賠償する」という具体的な違約金の設定をすることも考えられるが、事前の違約金の算定も難しい上、あまりにも高額な違約金の場合は契約相手も難色を示すだろうし、また民法上の公序良俗違反とされ無効な条項となるリスクもあることから、違約金を設定しているNDAは殆ど無いものと思われる。 筆者の経験上も、具体的な違約金を定めたNDAは見たことがない。 因みに、労基法16条の関係で、従業員の間の就業規則において秘密保持義務違反時の違約金を定めることはできない。 そのため、実務上は金銭的回収よりも、被害拡大の防止と関係修復を優先した対応が中心となる。 原状回復の要請 まず最優先となるのは、これ以上の秘密情報の拡散を止めることである。 第三者への拡散の遮断 もし、相手方が秘密情報を開示してしまった第三者が特定できる場合には、 第三者との間で新たにNDAを締結させる 情報の使用・再開示の禁止を明確化させる といった措置を求める。 完全な回収は不可能であっても、利用範囲を契約上拘束することで被害拡大を抑制できる。 資料・データの回収および削除 更に、可能な範囲で、データの削除、資料の返還、社内共有データからの除去を求める。 証跡として削除報告書の提出を求めることも想定される。 特許出願がされていた場合の後始末 漏洩した秘密情報が技術情報の場合、それが特許出願に利用されてしまうケースもあり得る。 その場合は、出願公開制度との関係で、対応は時間軸によって異なる。 出願公開前の場合 特許出願が公開される前であれば、 出願の取下げ 明細書内容の補正(秘密情報の削除) を要請することが現実的な対応となる。 公開されてしまうと情報は原則として不可逆的に公知化するため、迅速な対応が必要となる。 出願公開後の場合 既に公開されている場合、情報の非公開化は不可能である。 そのため、完全な穴埋めというわけには行かないが、 特許を受ける権利の全部または一部の譲渡 共同出願への変更 といった形で権利関係の是正を図ることになる。 再発防止対応 原状回復に対応してもらった後も、違反の発生原因を曖昧にしたままでは再発リスクが残る。 そこで実務上は原状回復の要請とともに以下のような再発防止対策を求めることが多い。 漏えいに至った経緯の報告書提出 管理体制の見直し 再発防止策の提示 関係者への教育実施 ここで重要なのは責任追及そのものではなく、管理体制の改善を文書として残させる点にある。 これにより、将来同様の問題が起きた場合の抑止力にもなる。 相手側に今後も良い付き合いを続けていく気があれば、真摯に対応してくれるはず…である。 まとめ 秘密保持違反への対応は、以下の通り「損害の回収」よりも「被害の拡大防止」と「将来リスクの管理」に重点を置くのが現実的である。 損害賠償請求は理論上可能だが実務的ハードルが高い 現実的な対応 原状回復措置により拡散を止めることが最優先 再発防止策を文書化させることが重要 秘密情報は、一度拡散すると完全な回復が難しい。 したがって、違反発生後の対応だけでなく、今後の管理体制を含めた予防設計こそが最も重要な対応となる。 自分たちが漏洩させてしまった側となった場合も、再発防止策含めてできるだけ真摯に対応することで、取引先との関係性を悪化させないよう努めておきたい。 もちろん、こんなケースを検討せずに済むのが一番ではあるのだが。

February 22, 2026

英文契約書ドラフト時の基本的な用語・表現

英文契約書には日常の英語とは異なる独特の表現方法が多く、慣れないと読みづらいのだが、外国事業者との契約においては英文契約書を取り扱わざるを得ない。 本記事では、英文契約書のドラフトやレビュー時に実務上押さえておくべき最低限のポイントを備忘録として整理しておく。 筆者も実務を通じて知識をアップデートしているところなので、定期的に内容はブラッシュアップしていきたい。 用語の使い方 条文構造を示す用語 article, section:条 paragraph:項 item:号 用語の定義 1文字目を大文字にする(例:”Agreement”, “Party”, “Confidential Information”) “the same shall apply hereinafter:以下同じ 義務・権利を示す助動詞 義務を表す表現 shallが一般的。willも義務を表すが、shallと混在する場合は義務の程度が弱くなる(法的拘束力が怪しくなる)。原則、shallで統一すること。 禁止を表すなら、shall not。must notは使わないこと。 mustは使わない。mustが使われるのは「~でなければならない」というように、資格要件を表す場合。 権利を表す表現 mayが一般的。be entitled toと表すことも。 努力義務を表す表現 endeavor:~するよう努める shall endeavor:努力義務を負う best endeavors / best efforts:最大限の努力 reasonable efforts:合理的な努力 commercially reasonable endeavors / efforts:商業的に合理的な努力(経済的合理性を超える負担までは要求しない) 条件・場合を示す表現 in the event (that):~の場合 subject to:~に従って、~を条件として notwithstanding:~にもかかわらず(優先関係を示す) 優先関係を示す表現 shall prevail, supersede, override:(条項、他の契約などが)他に優先する 「~に定める」の表現方法 set forth in, provided in, specified in, set out in, described in, prescribed in, stipulated in, stated in 契約文言としては set forth in や provided in が最も一般的 written inはNG (書かれている、という意味になってしまう) 目的の限定 solely for the purpose, only for the purpose 現状有姿(保証を伴わない現状有姿で製品等を提供する際に用いる) as is Hereで始まる契約特有表現 hereof:本契約の hereto:本契約に対して hereby:本契約により hereunder:本契約に基づき hereon:本契約上に herewith 本契約と共に hereinafter 本契約以降(例:hereinafter called “Agreement”) 包括表現(例示に限定されないことを明確にする) including but not limited to 遵守義務の表現 ...

February 15, 2026

ブランド戦略の基本整理

言わずもがな、消費者にとってブランドイメージは商品・サービス選択の判断基準のひとつとなる。 他社と比べて突出して優れた商品であれば最初は市場を席捲できるだろうが、中長期的にみると他社製品の機能が追い付いてくる可能性もあるわけで、結局は先を見据えたブランド戦略の検討が必要になってくる。 知財部は商標等を侵害しないよう確認する役割を果たすが、ブランド戦略についても多少は理解しておいたほうが良いと思ったところである。 そこで、ブランドが何をしてくれるのか、そしてブランドを育てていく上でどんな戦略があるのかについて個人的な考えも含めてまとめてみた。 ブランドのもたらす便益 一口にブランドと言っても、どんな嬉しさがあるのだろうか? David Aakerの『ブランド論』では、そんなブランドの便益を以下の4つに分類している(「社会的便益」は、その他3分類を提唱してから20年後に追加された)。 便益 概要 便益の例 機能的便益 機能・品質など、客観的に説明可能な価値 軽い、壊れにくい、精度が高い、燃費が良い、安全性が高い、健康に良い(低糖質/低カロリー等)、サポート体制が充実している 情緒的便益 使用時の感情的満足や心理的価値 ワクワクする、安心する、優雅な気分になる、癒される、誇らしい気持ちになる、ノスタルジーを感じる、特別扱いされていると感じる 自己表現便益 ブランドを通じて自分を表現できる価値(例:クリエイティブ、成功者、家族思い) クリエイティブ、成功している、環境意識が高い、技術志向、健康志向、家族思い、アウトドア志向 社会的便益 ブランドを通じて他者との関係性や所属感を得る価値(例:社交的、コーヒー好き) スポーツ好きの集団の仲間、コーヒー好きの集団の仲間、環境に配慮する消費者たちの仲間、ヒップホップ文化愛好家の仲間 真っ先に思いつくのは「機能的便益」だが、実際には各社の機能的便益にはそれ程差は無く、むしろ顧客は**「情緒的便益」「自己表現便益」「社会的便益」といった感情的な要因**でブランドを選択することも多い。 自社では、これらのどの便益を意識して顧客に選んでもらえるブランドを育てていくのか、あるいはバランス良く育てていくのかを考えていく必要がある。 例えば、トヨタ自動車が展開している高級車のブランド「レクサス(LEXUS)」を題材にして、これら4つの便益を考えてみる(筆者の主観で作成したものなので、人によって異なるかと思う)。 機能的便益 情緒的便益 静粛性が高い、高燃費、耐久性が高い、安全性が高い(運転支援システムが入っている)、販売店のサービスが充実 優雅な気分になる、余裕を感じる、所有することへの満足感、特別扱いされていると感じる 自己表現便益 社会的便益 派手さより本質を重視する、落ち着いた成功者、長期視点で物を選ぶ 品質志向のオーナー層の仲間、経済的・精神的に余裕のあるオーナー層の仲間 このように、トヨタブランドに共通する「機能的便益」を持ちつつも、例えば「販売店のサービスが充実」といった価値も有している。 そして、これらの機能的便益を軸としながらも、LEXUSというプレミアムブランドならではの「情緒的便益」「自己表現便益」「社会的便益」を併せ持っている。 更に、 「販売店のサービスが充実」→「特別扱いされていると感じる」 「優雅な気分になる」→「落ち着いた成功者」→「経済的・精神的に余裕のあるオーナー層の仲間」 のように、各便益がそれぞれ結びついており、全体的に優れたブランドイメージが形成されていることが良く分かる。 ブランド戦略 ブランド戦略には主に以下の3つの戦略があると言われており、ブランド構築時には、事前にその方針を策定することとなる。 企業名等の下にブランドを展開する「マスター・ブランド戦略」 複数のブランド展開により市場シェアを獲得していく「マルチ・ブランド戦略」 これらを組み合わせる「サブブランド戦略」 マスターブランド戦略 マスターブランド戦略とは、企業名やコーポレートブランドを前面に出し、製品ライン・サービス全体を一貫したブランド連想で束ねる戦略である。 例えば、BMWでは車種を表すときに「BMW」というマスターブランドの下に英数字を付けているし、楽天の例では、「楽天」の冠を使って「楽天市場」「楽天モバイル」「楽天カード」などにのサービス名を展開している。 ブランドを1つに集中することでブランドイメージを構築しやすい一方、1つのブランドイメージが悪化したときのリスクも大きくなり、また異業種参入時にはそれが障害となる。 例えば、庶民向けのイメージが強いブランドを高級志向の製品にそのまま使っても、顧客は食い付かないだろう。 メリット デメリット ・集中したブランド管理による高い投資効率 ・ブランドイメージを蓄積しやすい ・事業拡大/異業種参入時に既存ブランドが邪魔になる ・ブランドイメージ悪化の影響が商品全体に及ぶ マルチブランド戦略 マルチブランド戦略とは、独立した複数のブランドを並立させる戦略であり、各ブランドが独自のポジショニングを持ち、異なる市場や顧客層を狙うこととなる。 上述の通り、例えばトヨタでは「TOYOTA」のほかプレミアムブランドである「LEXUS」を持つ。 P&Gでは洗濯用洗剤と化粧品とで別ブランドを展開し、更に洗濯用洗剤1つとっても「アリエール」「ボールド」「レノア」などの複数ブランドを持つ。 (化粧品メーカーは、他業種と比べてもブランドが多岐に亘っている印象を受ける) メリット、デメリットは、マスターブランド戦略と逆転する。 メリット デメリット ・ブランド毎に明確なポジショニングが可能 ・異業種/新市場参入の自由度が高い ・ブランドイメージが他事業の制約にならない ・ブランド管理・広告投資が非効率になりやすい ・自社ブランド同士でシェアの奪い合いが起きる可能性 サブブランド戦略 こちらは、マスターブランドと個別ブランドを組み合わせる戦略である。 「保証付きブランド戦略」とも呼ばれ、マスターブランドが品質や信頼を保証する役割を果たす。 その一方、個別ブランドがそれぞれ異なる市場向けのポジショニングを持つ。 例えば、ソニーであればSONYをマスターブランドとした「SONY PlayStation」「SONY WALKMAN」、任天堂であれば「Nintendo」をマスターブランドとして「Nintendo Wii」「Nintendo 3DS」を展開している。 もっとも、強力なマスターブランドを有することが前提条件となる。 メリット デメリット ・強いマスターブランド連想を活かし市場参入リスクを低減 ・消費者にとって品質保証として機能する ・サブブランドが増えすぎるとブランド連想が希薄化 ブランドの役割による分類 また、ブランドが担う役割によって、どんなブランドを誰に認知してもらうかが異なってくる。 このパートでは、その役割をざっくり説明したい。 パッケージ型ブランド 主に消費財で用いられるブランドである。 消費財では製品性能の差別化が小さい傾向があるため、市場ブランド自体が「選ばれる理由」になる必要がある。 この場合は**「機能的便益」は期待できず、消費者心理に訴える「情緒的便益」が鍵となり**、一般消費者だけでなく、流通・小売業者への訴求も重要となる。 例えば、シャンプーはその機能に大きな差はないかもしれないが、「特別なケアをしている満足感」「自然・ナチュラルなものを選んでいる満足」といった感情がポイントとなるので、各社広告にも力を入れている。 成分型ブランド 主にBtoB企業で必要とされるブランド形態であり、パッケージ型ブランドとは異なり、「機能的便益」の重要度も高くなる。 「情緒的便益」も大事な役割を果たすが、パッケージ型ブランドのような顧客の感情に訴えるというよりは、 製品の信頼を補強する役割となることが多い。 つまり、**「安心して採用させるためのブランド」**というわけである。 この場合は、製品サービスの機能はもちろんのこと、製品開発思想や生産理念を取引先企業に理解してもらう役割も果たす。 また、場合によってはエンドユーザーへの認知が、取引先への影響力となることもある。 例えば、インテルであれば「Intel 入ってる」というフレーズを使って一般ユーザーへの認知を高めることで、PCメーカーに対する影響力を保持しようとしている。 顧客接点型ブランド ホテル、旅行会社などのサービス業を中心に、人的な顧客接点を伴う事業で重要となる。 顧客へのブランド浸透だけでなく、従業員への理念浸透が不可欠である。 なぜなら、「パッケージ型ブランド」や「成分型型ブランド」とは異なり、各便益は接客体験から得られることが多い、すなわち従業員の行動そのものがブランドを体現するからである。 そのため、そのため、従業員への教育、マニュアル作成などががブランド管理で重要となってくる。 おわりに ブランド戦略に唯一の正解はない。 自社の事業内容、顧客との関係性、将来の成長シナリオを踏まえ、どの便益を軸に、どのブランド構造で価値を届けるのかを意識的に選び続けることが重要である。 ブランドは短期的に作れるものではないからこそ、拡張や変更は慎重に行い、中長期視点で育てていきたい。 もちろん途中で戦略変更することを否定するわけではないが、市場導入済のネーミングやロゴを変更するとなると時間もコストも大幅にかかる上、蓄積したブランドイメージがリセットされるデメリットもあるわけで、やはり初期に広報・知財・事業部が連携して後戻りなき戦略を立案することが望ましいと思う。 実際問題、そこまで社内連携を密にする余裕が無い場合もあるのだが…